危ない

【あぶない】形容詞

使い分けの視点

「危ない」は損害が起きる前に鳴る警告です。危険の確定ではなく、見逃しを避けるための直感や誤報まで含めて配置すると人物が人間らしくなります。瞬発的な台詞と、間一髪で免れた事後報告を使い分け、警報の信頼度も場面ごとに調整します。

同義語

同品詞の類義語

危険な
物騒なcolloquial
剣呑な文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

命に関わる
一触即発の文芸的
肝を冷やすcolloquial

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

薄氷を踏むような文芸的
剥き身の刃のような文芸的
崖っぷちのようなcolloquial

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

ぎりぎりでcolloquial
間一髪で
すんでのところで文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

脅かす
迫り来る文芸的
ひやりとするcolloquial

体言的言い換え

用言を体言に変換

危地文芸的
瀬戸際
危険域

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

命取りの
身の毛もよだつような文芸的
背筋が凍るような文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

誤報を含む警告エッセイ関連

例文: 誤報を含む警告にも耳を貸してきたからこそ、整備士は本物の異音を聞き逃さなかった。

警告は誤報を許す——「まだ壊れていない」の計算理論

プログラミングの世界には、「壊れている」と「まだ壊れていないが、いずれ壊れうる」を区別する文化があります。前者はエラーと呼ばれ、コンパイラはそこで作業を止める。後者は警告と呼ばれ、プログラムは一応動くけれども、画面には黄色い注意書きが残ります。使われていない変数、決して実行されない行、桁があふれるかもしれない計算。この二分法は、日本語の「壊れた」と「危ない」の区別にきれいに対応しています。危ないとは、損害がまだ発生していない状態の形容です。起きてしまえばもう危ないではなく、事故と呼ばれる。

計算機科学は、この「いずれ壊れうる」を厳密に定義しようと努力してきました。たとえばC言語には未定義動作という概念があります。規格が結果を保証しない操作——確保していないメモリを読むような操作——を含むプログラムは、たまたま動いているだけで、環境が変われば何が起きるか分かりません。Rustという言語は、そうした操作を unsafe というキーワードで囲った区画の中にしか書けないようにしました。危険な操作を禁止するのではなく、危険がどこにあるかを構文の上で明示させる。似た発想は他にもあって、値が空かもしれないことを型で区別する言語では、空の可能性を処理し忘れた箇所が実行前に指摘されます。危なさを型と区画で管理する設計です。曖昧な形容詞だったものが、ここでは言語仕様の一部になっている。

では、プログラムが危ないかどうかを完全に判定する機械は作れるのか。理論は冷たい答えを返します。プログラムの意味に関する自明でない性質は、一般には機械的に判定できないことが知られています。ライスの定理と呼ばれる結果です。つまり、あらゆる危なさを漏れなく正確に検出する検査器は、原理的に存在しない。そこで実務は割り切ります。疑わしいものはすべて警告する。誤報が増えても、見逃しよりはましだ——静的解析と呼ばれる検査ツールの多くは、この方針で作られていて、開発者は毎日いくらかの誤報と付き合いながら仕事をしています。ただし誤報には隠れた費用がある。警告が多すぎると、人は警告を読まなくなるのです。狼が来たと叫び続けた少年の寓話と同じ構造で、警報の信頼は誤報のたびに少しずつ目減りする。危なさの検出は、感度を上げれば解決という単純な問題ではありません。

この設計は、人間の直感とよく似ています。暗い夜道で感じる「危ない」の大半は誤報で、たいていは何も起きずに家に着く。それでも警報の閾値を低く保つことには合理性があります。見逃しの損害が誤報の煩わしさを大きく上回るからです。小説で人物の危機感覚を書くときも、この構造は使えます。当たる直感だけを書けば、人物は預言者になってしまう。外れる警報を何度か書いておいて、そのうちの一度だけを本物にする。読者もまた、外れた警報を一緒に経験してきたぶんだけ、本物が鳴った瞬間の温度差を体感できる。誤報を許す警報システムとして書かれた直感は、正確な直感よりも人間に見えます。

文: hakadoru.ai 編集部

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