険しい

【けわしい】形容詞

使い分けの視点

「険しい」は標高や距離でなく、今いる場所の急な傾きと、一歩ごとの負荷を表します。表情では話しかける代価が大きいものの、越えられない断絶ではありません。「急峻な」は地形に、「剣呑な」は危険な雰囲気に寄るため、対象と局面に合わせます。

同義語

同品詞の類義語

厳ついcolloquial
急峻な文芸的
峻厳な文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

目つきが鋭い
眉間に皺colloquial

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

刃物のような文芸的
壁のような
凍てつくような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

ぴりぴりとcolloquial
刺すように文芸的
張り詰めて

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

顔を歪める
眉を吊り上げるcolloquial
気色ばむ文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

難所
剣幕
難路文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

剣呑な文芸的
物騒なcolloquial
容赦ない
一筋縄ではいかないcolloquial

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

足元の勾配エッセイ関連

例文: 山の高さより足元の勾配が急で、登山者は次の一歩に全神経を注いだ。

高さではなく傾き——足元にしかない量

地形図の等高線は、同じ標高の点を結んだ線です。線と線の間隔が狭いところほど、短い水平距離で高さが変わる。登山地図を見慣れた人は、間隔の詰まった部分を目にしただけで、そこで足に来る負荷を予想できます。図の上で読み取られているのは高さそのものではなく、高さの変化率——単位水平距離あたりどれだけ上がるか、つまり勾配です。標高三千メートルの山にもなだらかな斜面はあり、標高数百メートルの崖はほとんど垂直に立つ。高さと勾配は独立した量で、この形容詞が拾っているのは後者のほうだけだと分かります。

勾配は局所的な量である。ある一点での傾きは、その点のごく近くの地形だけで決まり、山全体の規模とは関係しません。少し不思議に思えるのはここで、道の全長が何キロあろうと、いま踏み出す一歩のきつさには寄与しない。逆に総距離が短くても、勾配が大きければ一歩ごとの負荷は大きい。人が疲労として感じ取るのは局所量のほうで、全体量はあとから合計として意識される。「先は長い」と「この坂はきつい」は、似た嘆きに聞こえて、別々の量についての報告です。

局所量であるということは、操作できるということでもあります。登山道がつづら折りを描くのは、標高差を変えずに勾配だけを下げるためです。斜面を斜めに横切れば、同じ高さを稼ぐのに長い距離を使う。上がる高さは同じで、進む距離が増えるのだから、比としての傾きは小さくなる。距離を差し出して傾きを買っている、と言い換えてもいい。険しさは地形に固有の値ではなく、どう経路を引くかで変わる量です。直登すれば険しく、折り返せば険しくない。同じ山肌を指して両方が言える以上、この形容詞が報告しているのは対象の属性そのものではなく、対象と通り方の組み合わせのほうだということになります。同じ理屈は階段にも埋まっています。建築の基準が蹴上げと踏面の寸法に枠を設けているのは、傾きの上限を人が安全に扱える範囲へ収めるためです。段の高さを下げれば、同じ階高に届くまでに要する段数は増える。距離と傾きの交換は、山道でも階段でも同じ形で現れます。傾きを下げる手立ては、結局のところ通る距離を長くすることしかありません。

傾きは道の途中で一定でもありません。取り付きが緩く上部で急になる斜面と、最初がきつくて上へ行くほど寝ていく斜面。平均をとれば同じでも、歩いた感触はまるで違います。数学ではこの差を、傾きがどちらへ変化していくか——上に凸か下に凸か——として区別します。前者は登るほど苦しくなり、後者は登るほど楽になる。総量が同じでも配分が違えば別の経験になるという話で、物語の困難の置き方とそのまま重なる。終盤で急になる構成と、序盤で急になる構成では、読者が最後に受け取る印象が変わります。効いているのは費やした苦労の合計ではなく、傾きが増えていたか減っていたかのほうです。

では顔つきに使われるとき、何が勾配に当たるのか。ここで説明が止まります。眉と眉のあいだに寄る皺、下がった口角——凹凸の話に見えますが、それは形の記述であって変化率ではない。強引に対応づけるなら、表情の各部が中立からどれだけ急に離れているか、という読み方はできる。ただしそう言い切ると、比喩を語源の側から一方的に説明したことになって、実際の使われ方から離れます。転用を支えているのは幾何の対応ではなく、通行可能性のほうではないか。険しい斜面は登れない。険しい顔には話しかけられない。どちらも進入のコストが高いという一点で揃います。

とはいえ、その説明にも穴がある。通行可能性で揃うのなら、壁にたとえる表現と区別がつかなくなる。壁は傾きが極端で、通れないことが確定している。この形容詞が指すのは、そこまでの断絶ではありません。通れないのではなく、通るのに代償が要る。有限だが大きい傾き、という位置づけです。だから険しい道は登り切れるし、険しい表情はほぐれることがある。無限と有限の差が、そのまま語の使い分けとして残っている。断絶を書きたいなら別の語を選ぶべきで、この語を選んだ時点で、越えられる可能性は文の中に残ります。

物語の困難を書くときに使える区別も、たぶんここに尽きます。読者が緊張を感じるのは総量ではなく、いま人物が踏んでいる一歩の傾きのほう。「あと十年かかる」と書いても体感は動きませんが、「次の一歩で足場が崩れる」と書けば動く。全体量は設計図の側に置いておけばよく、本文に出すべきは局所量です。険しさは足元にしかない。

文: hakadoru.ai 編集部

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