与える

【あたえる】動詞

使い分けの視点

授受の表現は、物が移るのか、情報が複製されるのか、受け手の状態が変わるのかを分けます。「与える」は与え手から受け手への傾きを持ち、「渡す」は水平な移動へ寄ります。場面の後に両者の手元に何が残ったかまで決めます。

同義語

同品詞の類義語

授ける文芸的
渡すcolloquial
手渡す

類義句

同品詞の慣用的言い換え

手に乗せる
施す文芸的
恵む文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

雨が田を潤すような文芸的
蜂が花に蜜を置くような文芸的
泉を分けるような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

惜しみなく文芸的
気前よくcolloquial
ひっそりと文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

施し
恩恵文芸的
下賜文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

手を差し伸べる文芸的
分け持つ
懐を開く文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

手元に残るものエッセイ関連

例文: 契約書を子に譲った後、父の手元に残るものは、擦り減った鍵束一つだった。

手元に残るものと残らないもの

プログラムで値を別の場所へ受け渡すとき、大きく二通りのやり方があります。複製を作って渡すか、置き場所ごと移してしまうか。前者なら渡したあとも元の変数は使えますが、後者では使えなくなる。所有権を型で追跡する言語では、移動したあとに元の変数へ触れるとコンパイルの段階で拒まれます。この仕組みを知ったあと、しばらく日本語の授受動詞が落ち着かなくなりました。同じ一語が、二つのまったく違う操作を指しているように見えてきたからです。

金を渡す場面では、渡した側の手元から現金が消えます。移動です。情報を伝える場面では消えません。複製です。勇気や希望を対象にした言い方に至っては、複製ですらない。源泉が減らないだけでなく、受け手の側で新しく生成されている。渡されたものと受け取られたものが、そもそも同じ物体ではありません。三つとも一語で処理されているのに、資源の増減という観点では正反対の出来事が起きている。

ただ、これを「日本語が区別を持たない」と言い切るのは早計でした。この動詞が保存しているのは、物の移動ではなく関係の向きのほうだからです。「渡す」がほぼ水平なのに対して、こちらには上下の傾きが残る。年長者から年少者へ、制度から個人へ、天から地へ。だから資源が減るかどうかは、そもそも語が担当していない情報だったことになります。担当しているのは、誰が上位に立つかという一点。文法の側から見ても、与え手・受け手・対象の三つを必須にする三項述語で、受け手を欠くと文が立ちません。関係を書くための語だと考えると、多義の散らばり方に筋が通ります。

上下の傾きという説明にも、例外がすぐ見つかります。「影響を与える」「打撃を与える」「損害を与える」。この系列では受け手が人でないことも多く、上位から下位へという含みも薄い。むしろ、ある対象の状態を書き換えたという記述だけが残っています。計算機の用語でいえば、値の受け渡しではなく状態の変更、つまり作用の記述に近い。同じ動詞が、片方では関係を、もう片方では作用を担当している。日本語の授受表現には受け手の側から述べる形が別に用意されていて、そちらは待遇の情報を細かく持ちますが、作用の系列にはその対応形がありません。関係を書く用法と作用を書く用法は、文法的な振る舞いの段階ですでに分かれているわけです。

計算機の比喩に戻ると、もう一つ思い当たることがあります。複製を渡さず参照だけを渡した場合、受け取った側の書き換えが元の側にも及びます。副作用と呼ばれる現象です。物語の中でこの動詞が使われた場面を思い出すと、印象に残っているのはたいてい、受け取った側ではなく渡した側が変わってしまう話でした。一方向の移転に見えて、実際には両端が書き換わっている。与えたあとの与え手が以前と同じ人物として描かれているなら、その場面はおそらくまだ足りていません。

書く側の判断としては、単純な確認で足ります。その場面のあと、与え手の手元に何が残ったかを一行で書けるか。減ったのか、減っていないのか、増えたのか。三つのうちどれなのかを作者が決めていれば、読者は動詞の意味を文脈から正しく取ります。決めていないまま置かれた一語は、上下の傾きだけを運んで、肝心の中身を空にしたまま通り過ぎていく。

文: hakadoru.ai 編集部

エディタで直接置換して執筆を加速

SaaS エディタではシソーラスの結果をワンクリックで本文に反映できます

無料で始める →