デパートの包装紙にくるまれた箱が、盆と暮れになると家々のあいだを行き交います。中身は洗剤であったり、そうめんであったり、受け取る側が特に欲しかったものとは限りません。それでも箱は動く。中身よりも「動いた」という事実のほうが重く扱われるこの現象を、日本人の情の細やかさとして説明する言い方がありますが、少なくとも今の形になったのは近代以降です。心の問題として語られがちなこの行為には、実のところ非常に散文的な裏方がついている。運搬と、価格帯と、住所録です。
裏方の筆頭は運搬でした。官営の郵便が始まったのは明治四年のことで、それまで飛脚や縁故に頼っていた個人間の物と手紙の移動が、全国一律の料金体系に置き換わります。距離が価格に比例しなくなった、というのがこの制度の効いたところです。鉄道網がこれに接続し、一九七〇年代の半ばに宅配便が現れると、家から家へ荷物が直接届くようになりました。手渡しできない相手にも届けられる——この条件がそろって初めて、遠方の人に品を差し向けることが、特別な事件ではなく年中行事として定着します。逆に言えば、それ以前の贈答は、運べる範囲の関係にしか成立しませんでした。
同じ時期に、百貨店が贈答そのものを商品として設計します。何を選ぶかではなく、どの価格帯の詰め合わせを注文するかという形式が用意され、カタログと配送票が選択の大部分を肩代わりしました。定番の品目が固定され、金額の相場が共有され、迷う時間が圧縮されていく。贈り物の内容が空洞化したと嘆く言い方もありますが、見方を変えれば、形式が整ったからこそ、忙しい人間関係が途切れずに維持できたとも言えます。手間の削減は、しばしば関係の延命と同じ意味を持ちます。
流通が整うと、包みの表面も整いました。掛け紙の中央上に機会の名を書き、下に差出人の名を書く。水引は、何度あってもよい機会と、二度とあってはならない機会とで結び方を替える。熨斗は薄く伸ばした干し鮑を添えた名残とされ、生ものを贈るときには付けないという扱いが残りました。これらの取り決めが引き受けているのは、包みを解く前に、どの機会の、誰からの品なのかを受け手へ知らせる仕事です。中身とは独立した書式の層が、箱の表面に一枚かぶさっている。書式が共有されているあいだ、荷物は届いた時点ですでに半分読まれていることになります。逆に、書式を外した包みは、それだけで一つの合図になります。掛け紙のない箱、名を書かない包み、市販の紙袋のまま渡される品——受け手はそこで、相手が定型の外に出たのだと受け取ります。
マルセル・モースは一九二〇年代の著作で、贈与には返す義務が伴うと論じました。もらったものを返さないでいると、品物ではなく関係のほうに負債が溜まる。中元と歳暮が半年ごとに往復するのは、この負債を清算しきらず、しかし放置もしないという間隔として、よくできています。金額が突出すれば相手に負担がかかり、途切れれば関係の終了を意味してしまう。相場という見えない規範が、そのどちらも起きないように働いていました。制度が運んでいたのは品物ではなく、関係がまだ続いているという確認です。
近年は、選ぶ権利そのものを渡す形が広がりました。商品券やカタログ形式の贈答は、何を受け取るかの決定を受け手の側へ移します。差し出す側に残るのは、金額の設定と、届ける手配だけです。中身の空洞化が極まった形に見えますが、残っているものを数え直すと事情は違う。相手の好みを外す危険を避けながら、それでも何かを差し向けたという事実だけは確保できる。中身が抜けても回路は残り、回路が残っているかぎり関係の確認は成立します。この行為の芯が品物ではなかったことを、いちばん率直に示しているのは、こうした新しい形式のほうかもしれません。金額だけが残った贈答は、素っ気ないというより、制度の骨格がむき出しになった状態です。
だから小説の中でこの行為を書くとき、効くのは中身より経路のほうです。手渡しか、郵送か、第三者に託したか。誰の名で差し出され、誰が包装を解いたか。伝票に書かれた差出人の住所ひとつで、その人物が今どこにいて、相手とのあいだにどういう距離を選んだかが読者に伝わります。同じ品でも、駅のホームで押しつけられるのと、三日遅れで宅配便が届くのとでは、まったく別の関係が立ち上がる。品物の描写を三行削って、届き方の描写を一行足すほうが、たいていの場面では強い。