もしも
【もしも】副詞使い分けの視点
「万一」「万が一」「万が一にも」「万一の場合」は低確率の事態に備える語で、重ねるほど警戒が強まります。「よしんば」「百歩譲って」「たとえ」は仮定を認めても結論を維持する譲歩です。「ひとたび」は一度成立した後の展開、「ことが起きれば」は具体的因果、「ひょっとして」は軽い推測を示します。
同義語
同品詞の類義語
類義句
同品詞の慣用的言い換え
婉曲・強調変換
ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)
「万一」「万が一」「万が一にも」「万一の場合」は低確率の事態に備える語で、重ねるほど警戒が強まります。「よしんば」「百歩譲って」「たとえ」は仮定を認めても結論を維持する譲歩です。「ひとたび」は一度成立した後の展開、「ことが起きれば」は具体的因果、「ひょっとして」は軽い推測を示します。
同品詞の類義語
同品詞の慣用的言い換え
ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)
下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。
例文: 少女は鳥になれたならと現実から遠い部屋を開くように語り、空想の飛行から帰って自分の進路を決めた。
消灯後の子ども部屋で、布団の中から「もしもさ、ぼくが鳥だったら」と声がします。親は「早く寝なさい」と返しながら、この遊びが簡単には終わらないことを知っている。現実には起こらないと本人が知っている話ほど、この語は熱を帯びます。仮定の副詞「もし」に「も」が一つ加わっただけの形が、なぜ「起こらないと知っている仮定」の側へ寄っていくのか。日常の語感としては誰もが知っているこの片寄りに、認知言語学の道具立ては、思いのほかきれいな輪郭を与えてくれます。
レイコフとジョンソンの『レトリックと人生』以来、認知言語学は、抽象的な思考が空間や身体の経験からの写像で組み立てられていると考えてきました。人生は旅として、選択は分岐点として理解され、選ばなかった可能性は「あり得たもう一本の道」として、いま歩いている道の横に空間的に配置されます。反実仮想——現実に反すると知りながら仮定すること——は、この心の地図の上では、引き返せない分岐点まで歩いて戻り、別の道を少しだけ歩いてみる操作に相当します。
フォコニエのメンタル・スペース理論は、この操作をもう少し精密に記述します。話し手は談話の中に、現実を表す空間とは別の「仮定の空間」を開き、そこに要素を持ち込んで推論を走らせる、という考え方です。仮定を導く語は、新しい空間の入口に立つ扉だと言えます。扉が二種類あるなら、開かれる空間までの距離も二通りある。「もし」が現実のすぐ隣に部屋を開くのに対して、強調の「も」を重ねた長い形は、廊下の突き当たり、現実から二枚も三枚も戸を隔てた部屋を開く扉として使い分けられている、と記述できるわけです。
距離を写す仕掛けは、仮定の語だけが持っているわけではありません。反実の独白がしばしば「あのとき」を連れてくることに気づくと、同じ地図がもう一枚重なっているのが見えます。日本語の指示詞は、話し手の近くをコ、聞き手の近くをソ、どちらからも離れた領域をアで指し分けます。ア系は目の前に対象がなくても使え、二人の記憶に共有された遠い一点を呼び出すことができる。あの日、あの人、あの町。指されているのは現場の何かではなく、手元から離れた場所に置かれた記憶です。長いほうの仮定の語形と、最も遠い指示詞。この二つが同じ一文に集まるとき、遠さは二重に宣言されていることになります。開く扉と、その先に置く対象と、どちらも遠くを選んでいるわけです。
語形の長さが意味の距離を写す、という見方も認知言語学は用意しています。形が大きくなるほど意味も大きく・遠くなる傾向は図像性と呼ばれ、多くの言語で観察されると言われます。二拍が三拍になっただけの差が、「傘を持っていく」程度の仮定と「ぼくが鳥だったら」の仮定を分ける。冒頭の子どもが夢想のときに限って長いほうの形を選ぶのは、可能世界までの道のりを音の長さで測っているのだと考えれば、理にかなっています。なお、遠さを距離ではなく数で写す系統もあります。可能性の低さを「万に一つ」と分数で言い立てる表現がそれで、空間の写像と数の写像が、同じ「遠い仮定」の周りに別々の比喩を立てているのは示唆的です。
もっとも、長さが距離を写すという説明を、そのまま押し通すことはできません。同族の語を並べると反証が出てきます。三拍の「もしや」は距離ではなく不確かさを担い、六拍の「もしかしたら」は遠い仮定というより低い確率を述べます。長いほど現実から離れるのなら、六拍の形が最も遠くを指すはずですが、実際にはすぐ隣の未来にも平気で使える。写されているのは扉までの距離ではなく、話し手がその可能性をどれだけ手放しているかの度合いだ、と読み直すこともできます。図像性は傾向であって法則ではありません。どの語形がどの尺度に乗るかは、それぞれが背負ってきた用法の履歴に左右されます。三拍の形だけが空間の尺度に乗ったのは、強調の「も」が、程度ではなく隔たりの側に働いた結果でしょう。
小説でこの語が最も強く働くのも、開いた扉の先に誰も行けないと人物自身が知っている場面です。亡くした人へ向かって「もしもあのとき」と始まる独白は、引き返せない分岐点まで歩いて戻る行為そのものであり、読者は歩いた道の長さで悲しみの深さを測ります。仮定の空間で何が起きても、現実は一ミリも変わりません。それでも、そこを歩いて帰ってきた人物の顔つきは変わっている。この語の重さは扉の先ではなく、扉を開けた者の側に残ります。
文: hakadoru.ai 編集部
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