もしもし

【もしもし】感動詞

使い分けの視点

「もし」は遠くの相手を呼び止める古風な響き、「ねえ」「あの」は対面で注意を引く口語です。「聞こえますか」は回線状態を明示し、「応答せよ」は任務上の命令、「おーい」は距離のある場所へ声を飛ばします。「ハロー」は外来の軽い挨拶、「やあやあ」は陽気または芝居がかった登場、「どうも」は曖昧で幅広い挨拶です。

同義語

同品詞の類義語

もし文芸的
ねえcolloquial
あの
どうもcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

聞こえますか
応答せよ文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

おーいcolloquial
ハローcolloquial
やあやあ文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

内容より先に回線を確かめるエッセイ関連

例文: 無線士は救助要請の内容より先に回線を確かめる呼びかけを重ね、返事がない三度目で針路を変えた。

回線を試す四拍——何も述べずに働く語の意味論

目の前の相手が上の空になったとき、人は顔の前で手を振って「もしもし?」と声をかけます。電話でもないのに、です。このとき何かが主張されたわけではありません。質問でも依頼でもなく、真偽を問える中身——意味論で言う命題内容——を欠いています。それでいて、発話は口にした瞬間に仕事を終えている。相手が我に返れば成功、返らなければ失敗で、その中間はありません。内容がほとんど空であるのに、これほど確実に働く。この四拍は、語の意味とは何かという問いにとって、よくできた試金石です。

言語の機能を整理した議論の中に、この語の席が用意されています。人類学者のマリノフスキーは、情報の伝達ではなく関係の維持そのものを目的とする発話に注目し、これを交感的なやり取りと呼びました。ヤコブソンはその着想を受け継ぎ、通信路が開いているかどうかを確かめる「交話的機能」を、言語の基本機能の一つに数えています。挨拶や相槌、天気の話がその代表です。「いい天気ですね」は気象情報の共有ではなく、あなたとの回線は開いています、という信号にほかなりません。件の四拍はその純粋型で、意味する内容はほぼゼロ、機能は回線の確認に全振りされています。

語源は「申し申し」、すなわち「申します、申します」の転とされています。もともとは、これから言葉を発しますという謙譲の予告であり、相手の領域に声で立ち入ることへの断りでした。この予告を作り替えたのが電話です。姿の見えない相手と話す装置では、声が届いているかどうかが常に不確かで、通話の冒頭には、まず回線を試すための一語が必要になりました。謙譲の口上は、こうして接続確認の信号へと意味の焦点を移します。人に向けられていた言葉が、装置と人の両方に向けられる言葉になったわけです。意味論の用語で言えば、語の指す内容が変わったのではなく、語が果たす手続きが変わった、という変化でした。

意味論のプロトタイプ理論で言えば、現在この語の典型は電話の応答であり、冒頭に挙げた「上の空の相手への呼びかけ」はそこからの拡張です。この拡張用法の面白さは、比喩の向きが露わになる点にあります。目の前にいる人へ電話の言葉を向けるとは、あなたとの回線が落ちている、と告げることにほかなりません。だからこの用法には必ず軽い皮肉が宿ります。真顔で言えば咎めに、笑いながら言えばからかいになる。回線という比喩を一枚挟むことで、注意の不在という気まずい事実を、やわらかく指摘できるのです。

会話文の書き手にとって、これは情報密度の高い小道具です。通話の場面なら電波の状態と間合いを、対面の場面なら注意の断線を、一語で描写できます。返事のない受話器に向かって同じ呼びかけが繰り返されるとき、二度目と三度目の間で、読者の胸には不安が積もっていく。意味をほとんど持たない語だからこそ、置かれた文脈の状態、つまり回線がつながっているかいないかだけを、純粋に照らし出します。何も述べない語が、関係のありようを最も雄弁に語る。この逆説ごと、台詞に組み込む価値があります。

文: hakadoru.ai 編集部

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