いかなる

【いかなる】連体詞

使い分けの視点

いかなるは、日常会話ならどんなで済むところを、法や条約のように規範を述べる文がほぼ例外なく選ぶ語です。「〜も」と呼応して個別の場合を一つずつ数え上げるように排除します。人物の口に置くと、声は騎士か法律家か翻訳小説の主人公のものになります。日常の場面で使えば大仰さが浮きますが、その浮き方自体を古風さや生真面目さの材料として使う道もあります。

同義語

同品詞の類義語

如何なる文芸的
どんな
いかような文芸的
どういった

類義句

同品詞の慣用的言い換え

いかほどの文芸的
どれほどの
何らの文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

果たして如何なる文芸的
そもそも如何なる文芸的
いったい如何なる文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

一切のエッセイ関連

例文: 一切の言い訳を封じる調子で、所長は処分を読み上げた。

いかがエッセイ関連

例文: 湯気の立つ杯を「いかが」と差し出され、旅人は断ることができなかった。

any の受け皿——二度の翻訳に仕えた連体詞

「いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない。」日本国憲法二十条の一節です。法令や条約の文章は、この連体詞を好んで使います。日常会話なら「どんな」で済むところを、規範を述べる文章はほぼ例外なくこちらを選びます。この分業がどうやって成立したのかを考えると、翻訳という営みに——それも一度ではなく二度の翻訳に——行き当たります。

一度目は漢文です。漢字で書けば「如何なる」となります。この「如何」は漢文訓読の世界で育った表記で、疑問や反語を担う漢語表現に和語の読みを当てたものです。いかん、いかが、いかにして、いかなる——この一族はみな、漢文という外国語を日本語へ引き込む作業の中で書き言葉の語彙として鍛えられました。話し言葉から生まれた「どんな」と違い、出自からして翻訳の匂いをまとった語なのです。

二度目は欧文です。英語の any は翻訳者泣かせの語として知られています。否定文の any は「ひとつも〜ない」という全否定を作り、肯定文の any は「どれでもよい」という自由選択を表します。言語学はこの二つの顔を区別して論じてきました。日本語には any に一対一で対応する単語がなく、構文で受け止めるしかありません。「どんな〜でも」がその一方を、「いかなる〜も…ない」がもう一方を引き受けます。明治以降、欧文の直訳から生まれた文体は欧文脈と呼ばれ、法令・条約・学術文の骨格になりましたが、文語の連体詞だったこの語はその中で any や whatever の受け皿の座を得て、規範文書の語彙として固定されたと考えられます。訳しにくさの正体は語彙の穴ではなく、意味の切り分け方、分節の違いにあるわけです。

なお、契約書の世界にはもう一人の同僚がいます。仏教語に由来する漢語の「一切の」で、「一切の責任を負わない」のように名詞をまとめて総括します。名詞の前に置いて集合ごと束ねるのが「一切の」、「〜も」と呼応して個別の場合を一つずつ数え上げるように排除するのが「いかなる〜も」です。同じ全否定でも、束で払うか、一枚ずつ払うかの違いがあり、翻訳実務はこの二枚を使い分けてきました。

その来歴は、現代の文体感覚にそのまま残っています。小説の人物に「いかなる犠牲を払っても」と言わせれば、声は騎士か、法律家か、翻訳小説の主人公のものになる。誓約、戒律、契約。例外の存在を認めない発話にだけ、この語は釣り合います。日常の場面で使えば大仰さが浮きますが、その浮き方自体を、人物の古風さや生真面目さの表現として使う道もあります。文法上の目印は呼応です。全否定や全称では「〜も」「〜とも」の係り先を持ち、「いかなる人物か」と問いに使う古い用法も時代物の地の文に生きています。どちらの顔で使うにせよ、この語を置いた文は少し姿勢を正します。その硬さを必要とする場面にだけ配るのが、経済的な使い方だと思います。

文: hakadoru.ai 編集部

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