どの

【どの】連体詞

使い分けの視点

「いずれの」「何れの」「如何なる」は文語・公用文寄りで、候補全体や種類を硬く問います。「どちらの」は二択、「どれほどの」は程度、「どういった」は性質を尋ねます。「果たして」「一体」を添えると疑問が強まり、「そもそも」は選択の前提そのものへ戻ります。

同義語

同品詞の類義語

いずれの文芸的
何れの文芸的
どちらの

類義句

同品詞の慣用的言い換え

如何なる文芸的
どれほどの
どういったcolloquial

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

果たしてどの
一体どのcolloquial
そもそもどの

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

口語の基準線エッセイ関連

例文: 古風な年代記の中で少年の問いだけが口語の基準線となり、遠い王朝の事件を身近に感じさせた。

表記の分業エッセイ関連

例文: 書記は公文には「いずれの」、町人の台詞には「どの」を配し、表記の分業で身分差を示した。

漢字を持たない連体詞——表記の空白が引く基準線

漢字に直そうとして手が止まる語があります。この連体詞もその一つで、当てるべき字が思い当たりません。書けないわけではなく、書いてもうまくいかないのです。「何の」と置けば別の読みに引き寄せられてしまいますし、他に候補もありません。表記の選択肢がそもそも存在しない語というのは、そう多くありません。ここに何かの痕跡が残っているように思えて、周辺の語を並べてみることにしました。

指示の体系を横に並べると、空白の輪郭がはっきりします。近くを指す形、相手側を指す形、遠くを指す形には、いずれも漢文訓読を経由した漢字表記が古くから用意されていました。此の、其の、彼の、といった具合です。訓読の現場で漢字に対応させる必要があったから、字が割り当てられました。ところが不定を指す系列だけが、その割り当てから外れています。同じ体系の同じ位置にある語なのに、一つだけ字を持たない。場所や事物を指す形まで広げても事情は同じで、不定の側は熟字訓めいた当て字が細々と使われる程度にとどまり、日常の書記では仮名に落ち着いています。体系の三点には字があり、残る一点だけが空いている——欠けている位置が揃っているのだから、偶然ではなさそうです。

なぜ外れたのかを考えると、文語の側に別の担い手がいたことに行き当たります。漢文を訓読する場面で疑問の連体を表すには、いづれの、いかなる、といった形が使われました。硬い文章でその働きが必要になったとき、口語形のほうを呼び出す理由がなかったのです。字を要する場面には字を持つ語が立ち、字の要らない場面にはこちらが立ちます。表記の欠如は不足の記録ではなく、口語専用として育ったことの記録なのだと考えると、収まりがよくなります。近くを指す形が漢字表記を得たのは、訓読の場で対応させる相手の字があったからで、対応させる必要のない語には字が回ってきませんでした。表記というものが、語の必要から自然に生えてくるのではなく、別の体系との接触面でだけ与えられるという事情が、ここに露出しています。

ただ、これで片づけるには一つ気になる点が残ります。何れの、という表記は実際に使われてきました。字がないのではなく、字は隣の語に取られている。この見方に立つと、話は少し変わります。表記の分業ではなく、語形の分業が先にあって、表記はそれに従っただけかもしれません。どちらが先かは決めきれません。決めきれないまま残るのは、同じ内容を運ぶ二つの語形が、片方は字を持ち片方は持たない状態で並存している、という事実のほうです。

この非対称は、書くときにそのまま温度計として使えます。文語調で組み立てた地の文に、この語を一つ落としてみます。そこだけ現代の速度に戻ります。逆に、時代を離れた語りのなかで口語の手触りを保証したいなら、これほど確実な材料もありません。いずれの道を選ぶか、と書くのと、どの道を選ぶか、と書くのとでは、運ばれる情報は同じで、立っている時代が違う——読者は意味ではなく字面でそれを受け取ります。仮名でしか書けない語は、書き手が意識しないところで、文章全体の基準線を引いています。

文: hakadoru.ai 編集部

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