あらゆる

【あらゆる】連体詞

使い分けの視点

あらゆるは、まだ試みていない手段や想像上の手段まで含めて可能性の全域を一語で覆います。条約や約款のように漏れを許さない文書が好んで使ってきた語で、単に現にある成員を残らず数える「全ての」とは守備範囲が違います。片端からは一つずつ当たっていく手つきを示します。全称の主張は反例一つで崩れるので、人物の覚悟や大言を測ってから置くと効果的です。

同義語

同品詞の類義語

ありとあらゆる
全ての
凡ゆる文芸的
あらん限りの文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

考えうる限りの文芸的
片端から
ことごとくの文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

他ならぬ全ての文芸的
天地ありとあらゆる文芸的
考えうる凡ゆる文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

一つ残らず

例文: 一つ残らず名前を読み上げてから、記録係はようやく筆を置いた。

隅から隅まで

例文: 隅から隅まで調べた屋敷に、隠し部屋は見つからなかった。

漏れを許さない時代——条約と約款が求めた全域の言葉

「あらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約」。1965 年に国連総会で採択された条約の日本語名は、この連体詞を正面に掲げています。法や条約の文面では、列挙の漏れが命取りになります。個々の場合を数え上げる代わりに、可能性の全域を一語で覆う量化の言葉がどうしても要る。近代日本語でその役を引き受けてきたのが、この語です。

出自は古い。ラ変動詞「あり」に自発・可能の助動詞「ゆ」が付いた「あらゆ」の連体形で、「あり得るかぎりの」が原義に近い、と説明されます。漢文訓読で「所有」の訓に当てられてきたことも指摘されており、つまりもともと話し言葉ではなく、訓読と文書の側の語でした。ちなみに同じ二文字を音で読めば「しょゆう」——現代語では持ち物の意味に固定された字面が、訓読の世界では可能性の全域を指していた。一つの字面の上で、二つの時代の読みがすれ違っています。この生まれが、後の運命を決めたように見えます。

明治以降、日本語は憲法・法律・保険約款・演説といった「網羅を約束する文書」を大量に抱えることになりました。all や every、とりわけ any の訳語圏で、この語の出番が増えていきます。「すべての国民」が現にいる成員を残らず数えるのに対し、「あらゆる手段」はまだ試していない手段、想像上の手段までを覆う。現実の集合ではなく可能性の全域にかかる——any の「どれを取っても」に通じるこの性質が、契約の文言として、また人々を動員する演説の言葉として重宝されました。総力戦の標語から広告のコピーまで、全部を差し出せと迫る文体、全部を約束する文体とともに、この語は近代を太ってきたのです。

二十世紀の後半、この語の主戦場は移ります。国家が国民に全部を要求する文体から、条約や宣言が個人に保障を約束する文体へ。冒頭に掲げた条約名の「あらゆる形態の」は、差別がどんな姿に化けても取り締まるという、抜け道封じの宣言です。動員の語法と権利の語法は、方向こそ逆でも、漏れを許さないという一点で同じ言葉を必要とした。この語の近代史は、網羅を欲した二つの制度の歴史と重なっています。

強調がさらに要るときのために、「ありとあらゆる」という重ね形も用意されています。同語源の「あり」をもう一度前に足した、いわば同じ意味の二度塗りで、論理的には何も加えていないのに、網の目が細かくなったように聞こえる。演説と広告が好む形です。洗剤の宣伝文句が「どんな汚れも」ではなく「ありとあらゆる汚れに」と言うとき、増えているのは効能ではなく、話者の力みにほかなりません。

そして力みには、代償があります。論理学が教えるとおり、全称の主張は反例が一つ見つかれば崩れる。「あらゆる手を尽くした」と言った人は、尽くしていない手を一つ挙げられただけで嘘つきになります。だから法文は但し書きと例外規定で退路を確保し、慎重な書き手はこの語の前で一度立ち止まる。小説では、この危うさこそが使いどころです。登場人物に「あらゆる」と言わせれば、その人物は反証の危険を引き受けた大言として造形される。可能性を検討し尽くしたと言う捜査官も、読んでいない本はないと言う自称読書家も、全称の一語のぶんだけ疑わしくなる。語り手が静かな場面でぽつりと使えば、動員の歴史を背負った語だけが持つ不穏な力が出る。全部、という言葉を人が使うのは、たいてい何かが欠けはじめたときです。

文: hakadoru.ai 編集部

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