離す

【はなす】動詞

使い分けの視点

「離す」は、触れていた手や視線を主体がほどく他動詞です。「離れる」が自然な変化を示すのに対し、「切り離す」「引き剥がす」は決断や力を強く帯びます。対象が身体なら接触の終わりを、距離や間なら生じた空白を描き、誰がその間隔を選んだのかを明確にします。

同義語

同品詞の類義語

遠ざける
切り離す
引き剥がす

類義句

同品詞の慣用的言い換え

距離を取る
間を空ける
体を引く文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

帆綱を切るような文芸的
水を差すような
切紙を割くような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

すっと
一歩ずつ
きっぱりと

体言的言い換え

用言を体言に変換

隔たり文芸的
距離
乖離文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

間合いを取る文芸的
距離を置く
一線を引く文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

戻れる間隔エッセイ関連

例文: 母鳥は雛が自分で枝を渡れるよう、戻れる間隔だけ翼を離した。

左側に来る語は数えるほどしかない

大量の文章を集めて、ある語の前後を数語ずつ揃えて並べる。コーパス言語学の基本的な作業で、行を揃えるだけで、その語がどんな語と一緒に現れるかが一目で見えます。この動詞で同じことをすると、左側に立つ語がかなり限られていることに気づく。手、目、体、距離、間。人体の部位と、空間の間隔です。抽象的な対象はあまり来ません。思いを、記憶を、といった目的語は、この動詞ではなく別の語が引き受けている。

共起の強さを測るには、単純な頻度では足りません。もともと頻度の高い語は、どの語の隣にも現れるからです。そこで、二語が独立に出現すると仮定したときの期待頻度と、実際の頻度を比べる。この考え方にもとづく指標のひとつが相互情報量で、値が大きいほど、その組み合わせは偶然では説明しにくいことになります。「手を」との結びつきは頻度も高く、期待値との比も大きい。「目を」のほうは、出現の総数では劣っても、結びつきの特異性はむしろ際立って見えます。

左側に並んだ語をもう一度見ると、二種類が混じっていることに気づきます。手、目、体は離される側の対象です。距離、間、間隔は、離した結果として増える量のほうです。同じ格助詞で受けているのに、名詞が文中で果たしている役割が違う。二台の車の距離を離す、と書いたとき、実際に離されているのは距離ではなく車です。共起する名詞を数える作業は、こういう役割の食い違いを拾い上げる手がかりにもなります。辞書の語義記述はこの差を明示しないことが多く、用例を並べたときにだけ表に出る。

右側、つまり後続の形にも偏りがあります。並べてみると、命令形と禁止形の比率が目に付く。目を離すな、手を離すなよ、離しなさい。行為そのものより、行為を止めさせる文脈で現れる回数が多い。命令や禁止は、相手がすでにその動作をしかけているか、しそうな状況で発されます。つまりこの語が禁止形で出るとき、場面には必ず、離れかけている手か、逸れかけている視線がある。自動詞の「離れる」と対をなしている点も効いていて、対を持つ動詞は、意志の有無を書き分ける道具になります。離れた、と書けば経過の報告に、離した、と書けば決断の記述になる。

表記の揺れは計量にとって厄介な問題です。離すと放す。国語施策として示されている「異字同訓」の使い分け例では、接触をやめる場合と、束縛を解いて自由にする場合とで書き分けるとされます。手を離す、鳥を放す。しかし実際の文章では境界が曖昧で、書き手ごとに揺れる。頻度を数えるときは、表記を統一するか両方を集めるかを先に決めておかないと、出てきた数字が語の使用ではなく表記の癖を測っているだけになる。形態素解析器が語形をどう正規化するかによっても、結果は動きます。

共起の偏りは、書き手にとっては制約であり、同時に資源でもあります。左側に来る語が数個に絞られているということは、そこから外れた語を置くだけで読者の予測が外れるということでもある。ただし外し方には代償がつく。予測を裏切った組み合わせは目立つので、一度使えば場面の焦点がそこへ移ってしまいます。地の文の主役にしたくない箇所では、素直に手か目を置いておくほうがいい。目立たせる語を選ぶ判断より、目立たせない語を選ぶ判断のほうが、長編では回数がずっと多い。

文: hakadoru.ai 編集部

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