跳ねる

【はねる】動詞

使い分けの視点

「跳ねる」は瞬間的な上向きの動き、水や泥の飛散、終演まで担います。「弾む」は反発と勢い、「躍る」は喜びや活発さ、「飛び上がる」は起点からの上昇を強めます。擬態語で高さと軽さを決め、着地を書くか選びます。

同義語

同品詞の類義語

弾む
躍る文芸的
飛び上がる

類義句

同品詞の慣用的言い換え

宙を舞う文芸的
身を弾ませる文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

兎のような
魚が躍るような文芸的
毬のように

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

ぴょこんとcolloquial
ひらりと文芸的
軽やかに

体言的言い換え

用言を体言に変換

飛躍文芸的
弾み

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

躍動する文芸的
飛び上がる
飛び回るcolloquial

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

芝居がはねるエッセイ関連

例文: 芝居がはねると、役者は衣装のまま迷子を捜しに出た。

芝居がはねる——上向きの動詞が終わりを担うまで

江戸の芝居小屋では、その日の興行が終わることを「はねる」と言いました。今でも「芝居がはねる」という言い方は残っていて、演劇関係者のあいだでは日常語として通じます。上へ向かう動きを表す動詞が、なぜ終演を意味するようになったのか。幕が跳ね上がるからだ、鳴り物に由来するのだと、いくつかの説明が流布していますが、由来は定まっていません。確かなのは、この語がずいぶん早い時期から、物理的な跳躍とは別の場所へ手を伸ばしていたということです。

語形そのものにも時代の層があります。文語では下二段活用の「はぬ」で、連体形は「はぬる」。これが口語で下一段の形に落ち着き、現在の姿になりました。活用の型が整理される過程で、語幹の担う意味の幅は逆に広がっていったように見えます。泥がはねる、値がはね上がる、心臓がはねる、字の終筆がはねる——身体、物理現象、数値、書字。ひとつの動詞が異なる領域を貫いていて、しかもどの用法も比喩だという意識をほとんど呼び起こしません。

こうした瞬間的な動作の語が地の文で自在に使えるようになったのは、近代の散文が口語に移ってからのことです。明治十七年に刊行された三遊亭円朝の口演速記『怪談牡丹灯籠』は、寄席で語られた言葉をそのまま活字にした本で、書き言葉の側へ口語の見本を持ち込んだ例としてよく挙げられます。文語の地の文には、動きの一瞬を現在に近い距離で書く手立てが乏しかった。語り手と出来事のあいだに、文語という一枚の膜があったからです。口語体が広まると、動作の起点と着地を短い一文で書ききることが可能になり、跳躍を表す動詞は描写の主役になれる位置まで出てきました。

表記の側にも分岐があります。同じ読みに対して、水が撥ねる、首を刎ねる、といった別の漢字が用意されていて、それぞれ担当する意味領域が違う。常用漢字表の枠に収まるのは一部で、残りはかなで書かれるか、他の語に置き換えられるかします。近代以降の表記の整理は、こうした細かな書き分けを次第に平らにしていきました。書き分けが減れば、読み手が漢字だけで意味を判定する手がかりも減ります。文脈で決めるほかなくなる——これは損失とも、かなの側の負担が増えたとも言えます。

もうひとつ、この語の近代における相棒はオノマトペです。ぴょんと、ぱっと、ぴちりと。擬態語をどこまで地の文に取り込むかは書き手によって差が大きく、多く取り込んだ例としては宮沢賢治がよく挙げられます。擬態語を伴うと、跳躍の質——高さ、軽さ、意図の有無——が一語で決まる。逆に擬態語を外すと、動作は輪郭だけになり、読者の側で補われます。同じ動詞が、随伴語の有無だけで、映像の解像度を切り替えられるわけです。

そう考えると、終演を指す用法の妙味がはっきりしてきます。上向きの動きを表す語が、一日の芝居の幕引きを担っている。緊張が解けて座が散る瞬間を、下降ではなく上昇の語で捉えたところに、この語の重心があります。跳躍は着地とセットですが、日本語のこの動詞は着地のほうをあまり言いません。上がる瞬間だけを切り取って、その後を読者に預ける。物語で使うときも、跳んだ後をどこまで書くかを決めておくと、一行の速度が安定します。

文: hakadoru.ai 編集部

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