端麗

【たんれい】形容動詞

使い分けの視点

「端麗」は姿かたち全体が整い、磨かれた美しさを備えるという文語的な評価で、現代では「容姿端麗」などの定型に収まりやすい語です。「清楚な」は飾り気の少なさ、「眉目秀麗な」は特に顔立ち、「気品」は振る舞いまで含む格を見ます。「白磁のような」「月光のごとき」は色や光を足し、対象との距離を広げるため、近景では個々の癖へ焦点を移せます。

同義語

同品詞の類義語

麗しい文芸的
秀麗な文芸的
清楚な
麗質を備えた文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

絵に描いたような
眉目秀麗な文芸的
非の打ちどころのない

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

白磁のような文芸的
百合のような文芸的
月光のごとき文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

しとやかに
気品をもって文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

目を奪う
息を呑ませる

体言的言い換え

用言を体言に変換

美貌
気品

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

隙のない美しさの文芸的
玲瓏たる文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

容姿端麗エッセイ関連

例文: 容姿端麗と評判の新任教師が泥だらけで側溝へ潜り、流された生徒の模型船を拾い上げた。

定型句の部品になった語のゆくえ

平安期の物語で人の姿を褒めるとき、「うるはし」と「なまめかし」はきれいに役割を分けていました。前者は整って改まった美しさ、後者は柔らかく色めいた美しさを指し、同じ人物が場面によって使い分けられます。整然としていることが、それ自体で美の一つの型として独立していたわけです。この分業を、のちに漢語がまとめて引き受けていきます。整いの側を担う漢語のひとつが、この語でした。ただし引き受け方は対等ではありませんでした——和語の「うるはし」が持っていた、改まった場での緊張という含みは、漢語に移る過程でかなり落ちています。

近代以降、この語は単独ではあまり歩きません。多くの場合、四字の型の後半に収まった姿で現れます。前半に来る語は限られていて、姿かたち全体を指す二字がほぼ固定的に居座る。四字熟語は日本語の中で強い引力を持っていて、いったん型ができあがると、その外での使用が目に見えて減ります。結果としてこの語は、単独で述語に立つ機会を失い、人物紹介の定型句の部品になりました。定型句の部品になった語は、意味を運ぶより先に、ここは紹介の場面だという文体上の合図を運びます。読者は内容を受け取る前に、場面の種類を受け取ってしまう。

明治以降の口語体への移行は、地の文から漢文脈の装飾を削っていく過程でもありました。人物の容姿を対句仕立てで積み上げていく美文調の紹介文と、口語の地の文とでは、進む速度がまったく違います。もっとも、漢語がすべて追い出されたわけではありません。会話は口語に、地の文の要所は漢語に、という配分は長く残りました。整いを述べる漢語は、その要所のほうに生き延びた語です。だから今この語を口語の流れの中に置くと、その一文だけ文語の層が顔を出して段差ができる。段差が狙いなら効きますが、狙いでなければ、そこだけ別の書き手が代筆したように見えます。

もうひとつ、この語には視点の癖があります。整いを外側から測る語なので、書き手が対象に近づいた瞬間に使えなくなる。相手の呼吸の音や、まばたきの間隔や、日焼けの跡が見えている距離では、この種の総括はそもそも出てこないのです。逆に、まだ名も知らない人物を遠くから一度だけ捉える場面では、最短距離で仕事をします。近代小説が一人称と内面描写に重心を移すにつれて総括的な形容が減っていったのは、美意識が変わったというより、語り手の立つ位置が変わった結果と見るほうが素直でしょう。

だからこの語を使うかどうかは、趣味の問題というより設計の問題になります。人物を遠くに置いたまま物語を進めるのか、早々に距離を詰めるのか。前者を選ぶなら定型の力を借りればよく、後者を選ぶなら、整った顔立ちを述べる代わりに、その顔のどこか一箇所だけを近くから書けばいい。眉の形でも、笑ったときにだけ変わらない目元でもいい。総括を捨てて部分を取ったとき、文体は自動的に近代の側へ寄ります。四字の型が持っている便利さは、その寄り道を省いてくれることであり、省いた分だけ人物が遠ざかることでもある。

文: hakadoru.ai 編集部

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