眩い

【まばゆい】形容詞

使い分けの視点

「眩い」は日常語の「眩しい」より文語的で、現代では主に連体形で格式や文体の高さを担います。「燦然たる」「煌々たる」は荘重へ、「目を細める」は身体反応へ、「輝度」は測定可能な明るさへ寄ります。口語の台詞へ置くなら、その人物の語彙の履歴が伝わる場面に限ります。

同義語

同品詞の類義語

光り輝く
燦然たる文芸的
煌々たる文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

目を細める
光で霞む文芸的
白く飛ぶcolloquial

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

白銀のような文芸的
黄金色のような文芸的
星のような

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

燦々と文芸的
燦然と文芸的
煌々と文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

煌めく文芸的
光を放つ文芸的
照り映える文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

光芒文芸的
輝度
光輝文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

目を射るほどの
息を呑むほどの
目も綾な文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

見返せないほど立派な姿エッセイ関連

例文: 少年は見返せないほど立派な姿の恩師を前に、帽子を胸へ抱いた。

意味を落として形だけ残った語が、文の高度を上げる

古語辞典で「まばゆし」を引くと、光が強くて目を開けていられない、という語義の隣に、恥ずかしくてまともに見られない、という語義が並んでいます。相手が立派すぎて気が引ける、という方向の用例も載る。古典の散文でこの語が対人的な感情を担っていたことは、辞書の記述として確かめられる範囲の事実です。最初にこれを見たとき、光の語と羞恥の語が同じ見出しに同居していることに引っかかりました。どちらが先だったのか、辞書は教えてくれません。

現代の「眩い」に、その羞恥の語義は残っていません。使われるのはほぼ物理的な明るさに限られる。意味の側は落ちた、と言ってよさそうです。では何が残ったのか。形が残った。口語の形容詞は「眩しい」で、こちらが日常の担当になり、「眩い」のほうは文語形容詞の姿をとどめたまま現代文に居座っている。落ちたものと残ったものが、意味と形態できれいに分かれている。

分布を見ると、居座り方に偏りがあります。「眩しいです」は言えるのに「眩いです」は言いにくい。終止で使うと文が急に硬くなる一方、「眩い光」のような連体用法は抵抗なく通る。つまりこの語は、文の骨格を担う位置からは退いて、装飾を担う位置にだけ残っている。文語形は意味で生き延びるのではなく、分布で生き延びる——使える場所が狭まることが、そのまま特別さとして機能する。

試しに台詞へ移してみると、偏りはもっとはっきりします。地の文なら難なく収まるこの語を、登場人物に言わせようとすると、言える人物と言えない人物がすぐ分かれる。年齢や職業というより、その人物が普段どの語彙層で話しているかで決まります。口語の語彙だけで喋ってきた人物が一語だけこれを使うと、そこで人物像が揺れる。逆に、揺らすためにわざと使う手もある。語の来歴は、地の文では文体の高さとして働き、台詞では人物の履歴として働く。同じ偏りが、置く場所によって別の顔を見せます。

背景としては、言文一致以降の散文が口語の骨格に文語の語彙を点在させる形で書かれてきた、という事情が関わっていると考えられます。文語は廃れて消えたのではなく、格式を担当する層として口語文の内部に取り込まれた。現代の小説の地の文も、基本的にはその配分の上に立っています。日常語だけで書かれた文章が平坦に感じられるのは、この層が欠けているからだ、という説明もできそうです。

もっとも、この見立てには反証を用意しておくべきでしょう。文語の残り香は、置きどころを誤ると格式ではなく古臭さに転じます。会話が完全に現代の口語で、地の文も口語で走っているところに「眩い」を一語だけ落とすと、そこだけ浮く。浮かせたい箇所なら正解で、そうでなければ事故になる。意味が抜けて形だけになった語は、意味を運ぶ荷ではなく、文の高度を上げる荷を引き受けている。羞恥の語義を手放した代わりに、この語は別の仕事を得たわけです。何を書くかよりも、どの高さから書くかを決める語として。

文: hakadoru.ai 編集部

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