「ふらんすへ行きたしと思へども ふらんすはあまりに遠し」。萩原朔太郎が大正期に発表した詩の冒頭です。詩人は船に乗らず、新しい背広を着て気ままな汽車の旅に出てみよう、と続ける。行けない、という前提が先にあり、そのうえで憧れだけが書かれている。近代日本の文学にとって異国は長いあいだ、見てきた場所ではなく、遠さそのものでした。
もちろん実際に海を渡った書き手もいます。永井荷風は米仏での見聞をもとに『あめりか物語』『ふらんす物語』を書いた。しかし多くの書き手と読者にとって、異国は横浜や神戸の港町、洋館、教会、パンの匂いといった断片を通して触れるものでした。ここで働くのが「風」という接尾辞です。何々風という形は、本物であることを要求しません。むしろ本物ではないことを正直に含んでいる。異国風とは、異国の気配をまとった此処のもの——輸入された断片から手元で組み立てた、憧れの模型です。
模型の材料を大量に供給したのは、翻訳、とりわけ訳詩集でした。上田敏の『海潮音』は明治後期に西欧の詩を典雅な文語へ移し、堀口大學の『月下の一群』は大正末に同時代のフランス詩を口語へ運んだ。多くの読者にとって、原地を踏まないまま語彙と韻律だけで遠さを味わう回路が、こうして整備されていきます。翻訳が先で、実物が後。この順序は近代文学の異国趣味を考えるうえで効いてきます。言葉で先に作られた憧れは、実物によって修正されるより、しばしば実物に失望する形で決着するからです。朔太郎の憧れも、こうした紙の上の異国に養われたものでした。
この模型は、人物を描く道具として使われてきました。谷崎潤一郎『痴人の愛』のナオミは、西洋映画の女優に似ているという一点から主人公の欲望を吸い上げていく造形で、彼女がまとっているのは西洋そのものではなく西洋の記号です。エキゾチシズムの文学は、遠い土地を描くと見せかけて、実際には憧れる者の側の欠落を描いてきた。人物が何に異国を感じるかを書けば、その人物に何が欠けているかの目録が透けて見える。舶来の小物を集める人物、外来語で話したがる人物。収集の対象を並べるだけで、説明の台詞なしに憧れと欠落を示せます。この転用は現代でもそのまま有効です。
状況を変えたのは距離の消滅でした。海外渡航が自由化され、映像と情報が日常に流れ込むと、読者は具体を知ってしまう。よく知られた土地に「風」を被せると、粗い要約に見えるようになりました。その結果、この語は少し古びた光沢を帯びています。昭和の喫茶店の看板を思わせる、ひと世代前の憧れの手触り。ただしこれは欠点ではなく年代の署名で、当時の気分を呼び戻したい場面なら一語で時代の空気を運べますし、この語を台詞で使う人物は読者から少し上の世代として受け取られる。語彙の年輪は、人物の年齢描写にも流用できます。
そして異世界ファンタジーで、この語は思いがけず若返ります。地球の固有名詞が使えない世界では、異国はどこかの実在の土地ではありえず、作中の視点人物から測った方角を意味するほかない。どこから見て異国なのか、という原点の申告が必ず要る。つまりこの語は、土地の属性ではなく視点の位置を書く語なのです。近代文学が遠さへの憧れの器として使った語を、架空世界の書き手は座標の道具として使い直している。