然したる

【さしたる】連体詞

使い分けの視点

「然したる」は多くの場合、後ろの否定と呼応して「取り立てて言うほどの」と価値を低く見積もります。「格別の」「特別な」は肯定にも使え、「これといった」「目立った」は口当たりが平明です。大事件の予告より、穏やかな経過や小さな問題をまとめる硬めの叙述に向きます。

同義語

同品詞の類義語

さしたる文芸的
格別の文芸的
特別な
目立った

類義句

同品詞の慣用的言い換え

取り立てての文芸的
目ぼしい
とりわけの文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

これといった
格別これといった文芸的
ほとんど見るべき文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

大事に至らず月日が過ぎるエッセイ関連

例文: 辺境の砦では、小競り合いこそあれ、大事に至らず月日が過ぎる。

文の後半を先に決めてしまう連体詞

さしたる問題はなかった、は自然な日本語ですが、さしたる問題があった、は落ち着きません。名詞にかかる形は同じで、変わったのは文末の極性だけです。この連体詞は、自分より後ろに来る否定を要求している。修飾する語ではなく、文全体の形を指定する語だと考えたほうが実態に合います。

否定と組でしか現れない語は他にもあります。決して、めったに、ちっとも、いっこうに。言語学ではこの種の語を否定極性項目と呼び、否定を表す要素によって許可される、という言い方で説明します。許可の条件は語ごとに違い、否定文だけでなく疑問文や条件節でも成立する語がある一方、否定辞がなければまず現れない語もあります。同じ「否定と相性がよい」という直感の下に、条件の異なる複数の型が混ざっているわけです。

連体詞に限っても、同じ制約を持つ仲間は少なくありません。これといった、目ぼしい、取り立てての。これといった手がかりはない、目ぼしい成果は出ていない——いずれも肯定に置き換えると据わりが悪くなります。連体詞は活用しない短い語で、単独では情報量が乏しいのに、文全体の形を縛る力だけは強い。品詞としての軽さと、統語的な拘束力の強さが噛み合っていない点が、この一群のおもしろいところです。

許可には距離の問題もあります。否定辞が同じ節の中で近くにあれば安定しますが、間に長い修飾節を挟んだり、否定が別の節へ移ったりすると、途端に許容度が下がります。読み手のほうも、この語を見た時点で否定を待ち始めるため、待たされる距離が伸びると文が重くなる。呼応する語の対は、離せば離すほど負荷が上がる。

意味の側にも偏りがあります。この語が否定と組んで作るのは、単なる不在ではなく「取り上げるほどのものはなかった」という評価です。問題がなかった、と言えば事実の報告ですが、さしたる問題はなかった、と言えば、小さな問題ならあったかもしれないという含みが残る。全否定に見えて、実際には程度の下限を切っているだけで、その差を一語で担っているところにこの語の働きがあります。報告書や経過説明でよく使われるのは、断定を避けながら結論だけを先へ進められるからでしょう。

成り立ちを見ると、副詞の然にサ変動詞と助動詞たりの連体形が付いた形と説明されます。文語の骨組みをそのまま残した語で、現代語の中では孤立した形をしている。漢字で書けば硬さが増し、仮名で書けば語り口に近づきますが、どちらにしても口語の会話にそのまま置くと浮きます。地の文の、それも要約や経過報告に寄った部分でよく働く語です。

書き手にとって実用的なのは、この語が文の着地点を先に告げてしまう点です。読み手は残りを読む前に、その文が否定で終わることを知る。予告された着地は緊張を生みませんが、そのかわり速度を生みます。長い一文で読者を迷わせたくないとき、冒頭近くに置いた一語が最後まで方向を保ってくれる。逆に、結末で読者を驚かせたい文には使えません。数か月を数行でまたぐような場面の要約に向いているのは、そのためです。

語には、意味を運ぶものと、文の設計図を運ぶものがある。これは後者に属する。

文: hakadoru.ai 編集部

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