来る
【きたる】連体詞使い分けの視点
連体詞の「来る」は、日付や行事の前に置かれ、公的な告知の文体を一語で示します。「次の」「今度の」は会話に近く、「目前に迫った」は切迫を強めます。地の文へ無造作に置かず、掲示、通知、読み上げなど媒体との距離を造形するために使います。
同義語
同品詞の類義語
類義句
同品詞の慣用的言い換え
婉曲・強調変換
ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)
連体詞の「来る」は、日付や行事の前に置かれ、公的な告知の文体を一語で示します。「次の」「今度の」は会話に近く、「目前に迫った」は切迫を強めます。地の文へ無造作に置かず、掲示、通知、読み上げなど媒体との距離を造形するために使います。
同品詞の類義語
同品詞の慣用的言い換え
ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)
下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。
例文: 掲示板の告知の文体だけが、来る十月三日の祭りをよそよそしく伝えていた。
町内の掲示板に貼られた紙にはこう書いてあります。来る十月三日、秋季防災訓練を実施いたします。この「来る」は動詞ではありません。活用しない連体詞で、後ろに置けるのはほぼ日付と行事名だけです。来る人、来る夏、といった自由な使い方はできない。名詞なら何でも受けられるはずの連体詞が、実際には数字の前でしか働かない。これほど用法の狭い語が、掲示という一つの場所では確実に生き残っている。使われる場所が狭いのに、その場所での出現率は高い。
狭さは弱点ではなく、この語の仕事そのものです。読者は二文字を見た瞬間、これは公の告知だと判断します。対になる「去る」も同じで、去る八月十五日、と始まれば報告書の匂いがする。二つを並べれば、時間の前後を告げる一組の書式が完成します。小説の地の文に置くと座りが悪いのは、地の文が告知の文体ではないからです。逆に、人物が手にしている紙面をそのまま見せる場面では、この一語で紙の質感まで再現できる。書式が語彙に化けている珍しい例で、内容ではなく媒体を指し示す働きをしている。
一対の内訳を見ると、時制が語彙の側に埋め込まれていることが分かります。後ろに置けるのは、これから訪れる日付だけです。来る昨日、とは書けない。「去る」はちょうど逆で、過ぎた日付しか受けられません。ふつう時間の前後は述語の側で標示されるものですが、この二語は名詞の手前に立つだけで未来と過去を決めてしまいます。しかも文には述語が別に立っていて、そちらはそちらで時制を持つ。二重の標示が一文に同居しても衝突しないのは、片方が文全体の時制で、もう片方は日付そのものに貼られた札だからです。同じ連体詞の一族には、明くる日、明くる年のように使う語もある——ただしこちらは数字を受けられません。それぞれが引き受けられる名詞の範囲は驚くほど狭く、しかも互いに重なっていない。
実務上の注意が一つあります。表記のまま置くと「くる」と読まれかねない。「来る十月三日」なら直後の日付が読みを決めますが、「来る式典」のように数字を挟まない形にすると、読者の目が一瞬止まります。使うなら日付が直後に続く型に限る——そう決めておけば事故は起きません。ルビを振るという手もありますが、告知文にルビが付くと、その紙は急に子ども向けの掲示に見えてしまう。この語は本来、ルビを必要としない読者に向けて書かれた文書の中にいるものだからです。
表記のほうにも選択が残されています。送り仮名を足して「来たる」と書く流儀があり、告知文ではこちらも広く行われている。送ってしまえば読みは一意に決まりますから、事故を避けたいなら安全な側です。ただし送り仮名が付くと、字面はいくらか柔らかくなる。二文字で立っているときの、突き放したような硬さは薄れます。回覧板と裁判所の通知でどちらが選ばれやすいか、統計を知っているわけではありませんが、書き手の側では、その紙を出した組織の性格に合わせて決めることができます。同じ日付の告知でも、送り仮名一字の有無で、差出人の輪郭が変わる。作中に紙を出すなら、そこまで決めてから貼ったほうがいい。
古い語だから時代物に使う、という発想は当たっていません。この語は今日も現役で、学校のプリントにも、裁判所の通知にも、株主総会の招集通知にも載っています。古語ではなく、口語の側から締め出されただけの書式語です。だから現代を舞台にした作品でこそ働く。むしろ時代物で乱用すると、時代の記号として消費されてしまい、格を作るという本来の効果が薄れます。読者がこの語に反応するのは、それが古いからではなく、自分もそういう紙を受け取ったことがあるからです。反応の中身も、たぶん郷愁ではありません。日付を告げられ、都合を合わせるかどうかを決めさせられた記憶のほうです。二文字が呼び出しているのは時代ではなく、そのときの手続きです。
使いどころは段差の設計です。地の文が「次の十月三日に訓練があるらしい」と書き、引用された紙だけが「来る十月三日」と書く。同じ日付が二つの文体で二度出ることで、紙と声、制度と生活が分かれます。人物がその紙を読み上げる場面なら、書式語をそのまま音にするか、自分の言葉に直すか。その一瞬の選択が、その人物と制度の距離を測る目盛りになります。役所仕事に慣れた人物は書式のまま読み上げ、そうでない人物は無意識に言い換える。台詞を一行いじるだけで、経歴を説明せずに済むことがある。
文: hakadoru.ai 編集部
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