感じ取る

【かんじとる】動詞

使い分けの視点

後項の「取る」は、ただ届いた刺激を情報として獲得し、判断へ持ち越す能動性を加えます。敵意やためらいなど相手が明示していないものと相性がよく、使う人物の観察力や来歴まで示します。確信の根拠となる徴を置き、ときには採取の失敗や誤読も描きます。

同義語

同品詞の類義語

察知する
読み取る
嗅ぎつけるcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

気配を拾う文芸的
空気を読むcolloquial
機微を掴む文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

糸を手繰るような文芸的
耳を澄ますような
水面の波紋を読むような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

敏感に
鋭く
本能的に

体言的言い換え

用言を体言に変換

察知
colloquial
直感

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

肌で受け止める
心の耳で聴く文芸的
本能が告げる

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

兆候を摘み上げるエッセイ関連

例文: 医師は瞬きの減少という兆候を摘み上げると、薬の量を見直した。

手のない場所で手が動く——知覚を「取る」という設計

英語話者は、難しい話がようやく腑に落ちたとき、グラスプ——掴む——という動詞で「わかった」を言うことがあります。ラテン語までさかのぼれば、英語のコンプリヘンション(理解)の祖先にあたる動詞は「共に掴み取る」が原義です。理解や知覚という、手とはなんの関係もない出来事を、人間の言語はくり返し手の動作で語ってきました。日本語も例外ではありません。把握という熟語は「把」も「握」も手偏で、どちらも握る動作を表す字です。掴むべき物体など、思考のどこにも転がっていないのに。

認知言語学は、この現象を概念メタファーと呼びます。レイコフとジョンソンが一九八〇年の著書で広めた見方によれば、抽象的な領域の思考は、身体的な経験の構造を借りて組み立てられています。理解を掴む動作で語るのは思いつきの比喩ではなく、「手中に収めた物は検分でき、持ち運べ、手放さない限り失われない」という身体の論理を、知の領域へそっくり移植した結果だと説明されます。移植は語彙のすみずみに及んでいて、要点を押さえる、真意を汲み取る、機微を掴む——手は、心を語る文のいたるところで働いています。

この見取り図の上に置くと、複合動詞の後項「取る」の仕事がよく見えてきます。読み取る、聞き取る、嗅ぎ取る、汲み取るといった形では、前項が知覚の経路を指定し、後項が獲得を宣言する分業になっています。ただ感じるだけなら、刺激は来て、通り過ぎていきます。「取る」が付いた瞬間、知覚は所有に変わる。相手の苛立ちを感じるのは受け身の出来事ですが、苛立ちの気配を感じ取るのは、空気の中から証拠を摘み上げる能動の仕事です。摘み上げたものは手の中に残ります。だからこの複合動詞には、得た情報を保持して次の判断へつなげるという含みが、構造から自然に生まれます。

採れるものの性質にも、はっきりした偏りがあります。目の前の湯呑みの熱さは、わざわざこの動詞で受けるには近すぎて大げさです。似合うのは、ためらい、敵意、場の緊張、言葉にされなかった懇願——相手が差し出していない、ときに隠そうとしているものばかりです。つまりこれは贈与の受領ではなく、採取に近い行為です。同意を待たずに、声の揺れや視線の泳ぎから情報を抜き取ってきます。同じ非明示の情報を扱うのでも、「空気を読む」が文字を読む比喩によって場の全体を対象にするのに対し、こちらは手の比喩で、個別の獲物を一つずつ狙います。

小説の中で人物にこの動詞を割り当てるとき、書き手は同時に能力の設定をしています。誰が、誰の、何を感じ取れるのでしょうか。元刑事なら嘘の兆候を、長女なら母の疲労を、というように、それはその人物の来歴と観察力の申告になります。そして本当に書く価値があるのは、おそらく採取の失敗の方です。確かに掴んだはずの敵意が、まるごと誤読だったと後から知れます。指のあいだから、いちばん肝心な一言だけがこぼれ落ちていたのです。手の比喩で組み立てられた語は、空振りや取り落としというかたちで、手の比喩のまま裏切らせることができます。

文: hakadoru.ai 編集部

エディタで直接置換して執筆を加速

SaaS エディタではシソーラスの結果をワンクリックで本文に反映できます

無料で始める →