思い浮かべる

【おもいうかべる】動詞

使い分けの視点

「想起する」は書き言葉らしい手続き、「連想する」は一つの像から別の像へ進む連鎖、「瞼に浮かぶ」は非意志的な出現を強めます。「思い浮かべる」は自分の内側を探る努力を示しますが、像が現れる結果までは保証しないため、人物の制御と失敗を同時に描けます。

同義語

同品詞の類義語

想起する文芸的
連想する
追想する文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

瞼に浮かぶ文芸的
脳裏を掠める文芸的
胸によぎる

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

フィルムを巻き戻すような
霧の向こうを見るような文芸的
写真をめくるような

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

懐かしげに
遠い目で
記憶の底から文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

回想
面影文芸的
追憶文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

脳裏に描く文芸的
面影を偲ぶ文芸的
目を閉じて辿る

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

浮かべたのに浮かばないエッセイ関連

例文: 退役軍人はあの日の隊列を浮かべたのに浮かばない、と手帳の余白に書いた。

無色に見える語の出身地——努力だけを引き受ける他動詞

「その光景を思い浮かべたまえ」。この一文だけで、話者の年齢と職業と部屋の様子まで決まってしまいます。老いた学者か教師で、書斎にいて、相手は年下。一方、「彼女の顔を思い浮かべた」はほとんど誰の文でもありうる。動詞は同じで、変わったのは末尾の待遇形式だけです。ならばこの語自体は無色なのだと言いたくなりますが、無色という判定は本当に正しいのか。位相を持たない語などあるのか。そこを疑うところから始めます。

同じ心の働きを指す語を、使われる場所ごとに並べてみます。研究の文章なら表象であり心的イメージ。供述の記録なら想起した。日常の会話なら、頭に浮かんだ、顔がちらついた。日本語の文体位相はおおむね語種で層をなしていて、和語がくだけた側、漢語が硬い側、外来語がその両方を横断します。イメージするという言い方が学術にも雑談にも顔を出せるのは、この越境性のためでしょう。三層のどこに置かれた語かで、書き手の立ち位置がほぼ決まってしまう。

層の差は、依頼の形にすると露骨に出ます。読者に働きかける文で「ご想起ください」と書けば、読み手は身構える。同じ内容を和語の側に置き換えれば、力を抜いて読める。漢語には手続きの匂いがあり、相手に何かを求める場面では距離を作る方向に働く——講演で話す人がこの動詞を選び、判決文が別の語を選ぶのは、内容ではなく関係の設計の問題です。位相とは硬さの目盛りというより、話し手と聞き手のあいだに置かれる机の大きさに近い。

ここで態の話が絡んできます。浮かぶと浮かべる。日常の言い方は自動詞に寄ります。名前が浮かばない、顔が浮かんだ。想起は意志で完全に制御できるものではないので、自動詞のほうが経験に忠実です。ところが当の語は他動詞であり、しかも日常語として通用している。この組み合わせが引っかかる。制御できないはずの現象を、意志の形で言っている。

引っかかりを解くとすれば、この語が引き受けているのは努力の部分だけだ、という見方になります。浮かべようとする作業には主体がいるが、浮かぶかどうかはその外にある。だから「思い浮かべたが、何も浮かばなかった」という文が矛盾なく成立する。他動詞でありながら、結果を保証しない。似た構造は、探す、聞く、狙うといった語にもありますが、対象が自分の内側にある点でこの語は特殊です。自分の中を相手にして、それでも思いどおりにならない。

方言の側にこの語の変異形をほとんど聞かないのは、経験的な印象にすぎず、確かなことは言えません。ただ、内面の作業を表す語彙が書き言葉から降りてきた可能性は考えてよいと思います。もしそうなら、無色に見えていたのは出身地が無いからではなく、出身地が文章語だからだということになる。硬くもくだけてもいない中間の層に語りを固定する働きがあり、地の文に置けば「文章を書く習慣のある人」の語りになる。荒っぽい一人称の地の文にこれが紛れ込むと、その一行だけ別人が代筆したように見えるのは、そのためでしょう。

文: hakadoru.ai 編集部

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