更に
【さらに】副詞使い分けの視点
「更に」は直前と同じ方向へもう一歩進める累加で、良化にも悪化にも使える。「加えて」は別要素の並置、「なお」は残存や補足、「輪をかけて」は程度が外へ膨らむ像を持つ。「ますます」は変化の継続を強調するため、前文が持つ運動の向きに合わせて選ぶ。
同義語
同品詞の類義語
類義句
同品詞の慣用的言い換え
婉曲・強調変換
ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)
「更に」は直前と同じ方向へもう一歩進める累加で、良化にも悪化にも使える。「加えて」は別要素の並置、「なお」は残存や補足、「輪をかけて」は程度が外へ膨らむ像を持つ。「ますます」は変化の継続を強調するため、前文が持つ運動の向きに合わせて選ぶ。
同品詞の類義語
同品詞の慣用的言い換え
ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)
下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。
例文: 階段を下り、さらに地下へ進む。この「同じ向きへの一歩」が続いたあと、探偵はあえて地上の鐘へ推理を戻した。
階段を一段のぼる。もう一段のぼる。二段目をのぼるとき、身体は一段目と同じ動作を、同じ向きに繰り返しています。数が増えたというより、位置が同じ直線上を進んだ。量の増加を上下や前後の移動として捉えるこの感じ方は、認知言語学が概念メタファーと呼んできたものの典型で、レイコフとジョンソンは「多いことは上である」という形で定式化しました。数量の増減を、身体が経験した空間移動に写して理解する。この副詞は、その写像がほとんど剥き出しのまま残っている語です。
面白いのは、向きが固定されていないことです。更に上へ、更に先へ、更に深く、更に奥へ。上昇にも前進にも下降にも付く。共通しているのは方向そのものではなく、直前に一度動いた向きと同じ向きへもう一歩、という関係のほうです。だから方向を持たない文の後ろに置くと空回りします。「彼は黙っていた。更に——」と続けても、読者の身体はどちらへ踏み出せばいいのか分からない。この副詞が要求するのは、前の文が持っている運動の向きです。
「もっと」と並べてみると、借り方の違いが見えてきます。「もっと欲しい」は単独で成立する。話し手の内側にすでに基準があり、そこからの不足を指せば足りるからです。ところが「更に欲しい」を前触れなく口にすると座りが悪い。どれだけ与えられたかが確定していなければ、もう一歩の起点が置けないためです。同じ増量の領域を扱いながら、一方は基準を話し手の内側に持ち、もう一方は文脈の側に預けている。子どもがねだるときに出るのが前者で、報告や手続きの文の途中に現れるのが後者だという分布も、この違いから素直に説明がつきます。空間の比喩としては、立っている場所から先を見るか、いま踏んだ足跡から先を見るかの差だと言えるでしょう。
同じ写像は時間にも及びます。更に三日待つ、更に十年が過ぎる。時間の経過を前後の移動として述べる言い方は多くの言語に見られ、空間から時間へ、そして時間から抽象的な量へと写像が段階的に連鎖していく、という説明がしばしば採られます。距離を歩くことと、日を送ることと、程度が増すことが、同一の身体経験の変奏として扱われている。どの段でも保存されているのは「同じ向きへもう一歩」という関係だけで、そのぶん語の意味は薄く、汎用性は高い。興味深いのは、足せるのが区間だけだという点です。「更に一週間」は言えても「更に金曜日」は座らない。もう一歩ぶんの長さは要求されるのに、到達する地点の名前は受け付けない。歩幅を数える語であって、目的地を指す語ではないわけです。
道案内の文面には、写像が抽象へ登る前の姿が残っています。「橋を渡り、更に二百メートル進むと右手に見えます」。ここでの一歩は比喩ではなく、足で測れる距離そのものです。注目したいのは、この用法だと語がほとんど目立たないこと。源になる領域と目標になる領域が重なってしまえば、写像は何も運んでおらず、副詞は次の手順へ移る合図にまで痩せます。逆に「事態は更に込み入ってきた」と書けば、移動でないものが移動として述べられ、そこではじめて語は像を立てる。比喩は、二つの領域がずれている分だけ働く。同じ二文字が、乗せる内容によって、絵を作ったり作らなかったりするわけです。
類義の副詞と並べると、それぞれ別の空間像を抱えているのが見えます。「加えて」は横に並べる加算で、要素が別々の場所に置かれる。「なお」は残存で、減っていくはずのものがまだそこにある状態を指す。「輪をかけて」は円環が外へ膨らむ像で、程度が同心的に拡張する。同じ累加でも、直線上の延長なのか、並置なのか、残余なのか、膨張なのか。訳し分けの必要がない日本語話者はこの差を意識しませんが、書き分けは無意識に行われていて、選択を誤ると文の運動が濁ります。
もうひとつ、評価の非対称がないことも空間写像の帰結です。更に良くなったとも更に悪化したとも言える。方向が語彙に埋め込まれておらず、前文から借りるだけだからです。語源については、新しくする意の「更(あらた)む」との関わりを説く説などがありますが、定説と言えるものはありません。ただ、更地や更衣といった語に残る「一度おいて、また」という感触は、同じ向きへもう一歩という現在の働きと、どこかで地続きに見えます。三行おきにこの二文字を置いた原稿が単調に読めるのは、同じ向きへの一歩ばかりが続いて、読者の身体が直線から出られなくなるためです。累加は、時折それを裏切ることでしか強度を保てません。
文: hakadoru.ai 編集部
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