宿命

【しゅくめい】名詞

使い分けの視点

当人が選ぶ前に過去から届いた条件へ使います。「宿業」は仏教的な過去の行い、「天運」は天からの巡り、「血脈の定め」は家系の拘束です。人物に宣言させるより、世代を隔てた反復や語り手の配置で、原因へ手が届かない構図を見せます。

同義語

同品詞の類義語

宿業文芸的
定業文芸的
天運文芸的
文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

背負うべき荷文芸的
逃げられぬ道文芸的
血に刻まれた道文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

鎖のような文芸的
血に染み込んだような文芸的
生まれながらの

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

背負わされる
定められている文芸的
星に縛られる文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

逃れられぬ糸文芸的
生まれ持った荷文芸的
血脈の定め文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

世代を隔てる反復エッセイ関連

例文: 父と息子が同じ駅に立つ世代を隔てる反復を、読者だけが結んだ。

前世という語基——近代小説が引き受けた二字

「運命」と並べたとき、日本語の書き手はまず迷いません。片方には偶然の余地があり、もう片方にはない。二つの語は辞書の上ではかなり近い位置に置かれているのに、選ぶときの手つきははっきり違います。この差がどこから来るのかを考えると、頭の「宿」という字に行き当たります。

この字は、仏教語の中で前世を意味してきました。宿世、宿業、宿縁——いずれも、いま起きていることの原因を、この生より前に置く語です。だからこの二字が指すのは、単に決まっている未来ではなく、決まった時点がすでに過去にあって、しかもその過去に当人は手が届かない、という構図になる。一方の「運」の字には移動や巡りの含みがあり、動いている以上どこかで別の目が出る余地が残る。語基の違いが、そのまま逃げ道の有無として感じられているわけです。

この二字が近代小説にとって使い勝手のよい語になったのは、明治以降の文学が、個人ではどうにもならない条件を主題に据えたことと無関係ではありません。自然主義と呼ばれた流れの作家たちは、遺伝と環境という枠組みで人間を描こうとしました。生まれた家、血筋、土地、身分——本人が選んでいないのに人生を規定するものが、近代の小説の中心にせり出してくる。島崎藤村の『破戒』が扱ったのも、出自をめぐって主人公が身動きの取れなくなる状況でした。この種の主題を一語で名指すのに、前世を語基に持つ二字はよく合った。宗教語だった語が、そのまま社会的な条件の名として転用されたことになります。

近代の小説がこの語を手放さなかったもう一つの理由は、時間の扱いにあります。原因が過去に、それも当人の記憶の外にあるという構図は、物語の順序を組み替える許可証になる。読者は結末に近い場面から読み始めても、後から明かされる過去がそれを説明してくれると期待できます。血筋や家の秘密が終盤で開示される作りが繰り返し使われてきたのは、この二字が保証する時間の逆行があったからだと考えられます。戦後の大衆小説やジャンル小説で、対決や再会を修飾する定型句として広く使われるようになったのも、同じ機能の延長線上にあるように見えます。

もっとも、この語には常に安っぽくなる危険がついて回ります。使いやすい語ほど摩耗が速い。とりわけ、登場人物が自分の口で「これは自分の宿命だ」と宣言する形は、しばしば効果を失います。理由は語の側ではなく、構図の側にある。前世に原因を置く語は、本来、当人が知り得ない場所を指しているはずです。それを当人が知っていて名指せるなら、手の届かなさという核心が消えてしまう。人物が自ら名指した瞬間、それは受け入れの表明になり、抗いの物語ではなく納得の物語になる。

ですから、この語は登場人物ではなく、語り手か、あるいは物語の構造そのものに預けておくほうが長持ちします。作中では誰もそう呼ばず、ただ同じ形の出来事が世代を隔てて二度起きる。父が去った季節に息子も同じ駅に立っている。読者が自分でその二つを結んだとき、名前は読者の頭の中で付けられます。近代文学がこの語で扱ってきたのは、結局のところ名指しではなく反復でした。前世という語基が示しているのも、原因が見えない場所にあるということで、見えないものは書かないほうが強い。

文: hakadoru.ai 編集部

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