絢爛

【けんらん】形容動詞

使い分けの視点

「絢爛」は、文様と光が一か所へ集められた、人為的で過剰な美に向く語です。「豪奢」は費やした財、「華やか」は場の晴れやかさ、「眩惑」は見る者への作用を前に出します。形容だけで終えず、何が光り、誰が費用や手間を負ったかを一つ描けば、豪華さに物語が宿ります。

同義語

同品詞の類義語

豪奢な文芸的
煌びやかな文芸的
華やかな
豪壮な文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

金銀きらめく文芸的
目も覚める文芸的
錦織のような文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

宝箱をぶちまけたような
光の洪水のような文芸的
黄金の海のような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

燦々と文芸的
爛々と文芸的
きらびやかに

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

眩惑する文芸的
光彩を放つ文芸的
輝きが乱れる文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

光輝文芸的
栄華文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

極彩色の文芸的
目に痛いほどのcolloquial
この世ならぬ文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

集められた光エッセイ関連

例文: 宴の集められた光を維持するため、発電室では歯車が赤熱していた。

過剰の気配エッセイ関連

例文: 金箔の剥がれた玉座には、なお過剰の気配がまとわりついていた。

光を集めた者がいる——電灯以後の語彙として

明治十一年、東京の工部大学校でアーク灯が点され、居合わせた人々が驚いたという記録が残っています。初期のアーク灯は明るさが不安定で、じりじりと音を立てながら燃えるような光でした。褒め言葉としての「明るい」では、たぶん収まらない。まぶしくて直視できない人工の光を、当時の人はどう言葉にしたのか。そこから考え始めると、光を讃える語彙の来歴が少し違って見えてきます。増えたのは光であって、語ではなかった。

字を分けてみます。絢は糸偏で、織物の文様が入り組んで美しいこと。爛は火偏で、光り輝くさまを指しますが、同時に、熟れすぎる、爛れるという意味も持っています。文様と光の合成語でありながら、片方の字に過剰の予感が仕込まれている。この語がどこか手放しの賛美になりきらないのは、そのせいかもしれません。もっとも、そう読むのは後知恵でしょう。近世以前、この二字はおもに漢詩文の語彙であって、日常の口に上る語ではなかったと考えられています。つまり対象より先に語のほうが存在していた。使われる機会が、あとから追いついてきたのです。

その機会をつくったのが、明治の博覧会でした。内国勧業博覧会は明治十年の第一回以来、回を重ねるごとに規模を広げ、明治三十六年に大阪で開かれた第五回では夜間開場と電気照明が呼び物になったと伝えられます。一夜のうちに数千の灯が一斉に点る光景は、それまでの日本になかったものです。祭礼の提灯とも、御殿の金屏風とも違う。豪華は財の量を、華麗は形の美しさを指しますが、光の量そのものを言い当てる語が必要になった。そこへ、書物の中で待機していた語が呼び出された——順番としては、そういうことだったのだろうと思います。

同じころ、色の数も増えていました。西洋から化学染料が入り、それまで手の届かなかった鮮烈な色が、着物や幟や広告の上に現れるようになったと言われます。光量が増え、色数が増えた。文様と光という二字の組み合わせが、ちょうど同時に現実の側で成立してしまったわけです。ただ、ここで自分の話に異議を挟んでおきます。この語は近代に作られたわけではないし、意味が変わったという証拠もない。変わったのは指せる対象の数だけです。だとすればこれは語の歴史ではなく、現実の歴史ではないか。

その通りで、それでも残ることがあります。語が指す対象が増えると、その語は使いやすくなり、使いやすくなった語は磨り減る。現代のこの語が「豪華絢爛」という四字の抱き合わせでしか顔を出さなくなったのは、たぶんその摩耗の帰結です。だから書くときには、光源を一つに絞ったほうがよい。博覧会の電飾が人を驚かせたのは光の総量ではなく、それが夜に、人の手で、一度に点いたからでした。この語が実際に指しているのは明るさの度合いではなく、誰かが金と手間をかけて光を一箇所へ集めた、という事実のほうだった。そう考えると、この語を置いた場面の背後には、必ず勘定書と、灯を管理している人間がいることになります。書くべきものが一つ増える。

文: hakadoru.ai 編集部

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