ゆえん

【ゆえん】接続詞

使い分けの視点

「わけ」「理由」は原因を広く指し、前者は会話的です。「所以」は漢字表記の硬さを持ち、「根拠」は判断を支える証拠、「背景」は間接的な事情を示します。「由来するところ」「謂れ」は起源や伝承へ遡り、「わけあって」は事情を伏せます。「そういう次第」は説明を締め、「わけ柄」は事情の性質を古風に述べます。

同義語

同品詞の類義語

わけ
理由
所以文芸的
わけ柄colloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

根拠
由来するところ文芸的
背景

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

謂れ文芸的
わけあって
そういう次第

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

一人だけを分ける条件を探すエッセイ関連

例文: 同じ村で育った十人の中から、一人だけを分ける条件を探して、嵐の日の選択を書いた。

矢印の向きを間違えない——原因の列挙と、他と分ける条件

必要条件と十分条件を取り違えるな、と数学の授業では繰り返し言われます。片方向の含意と、双方向の同値。矢印が一本か二本かという、それだけの違いです。ところが日本語で理由を語るとき、この二本を区別する語彙はほとんど用意されていません。原因も根拠も特徴づけも、まとめて「理由」で片づけられます。ゆ・え・んという三拍の古い語形にこの区別が絡んでいることに気づいてから、少し考え込むようになりました。

「たるゆえん」という形で使われるとき、この語が指しているのは、たいてい原因ではありません。それをそれたらしめているもの、他のものと取り違えないための条件のほうを指しています。数学で言えば特徴づけに近いでしょう。円をある一点から等しい距離にある点の集まりとして述べると、円であることとその条件を満たすことが過不足なく一致します。円だからそうなるのでもなく、そうだから円になるのでもなく、両方が同時に成り立っているわけです。

同じ語基から出たもう一つの形と並べると、役割の分かれ方が見えてきます。証明の中で使う「ゆえに」は、前の行から次の行へ矢印を一本引くための接続語です。記号で書けば、三つの点を三角に並べたあの印に当たります。末尾の一拍を替えて名詞にした形のほうは、矢印そのものではなく、なぜそこに矢印を引けるのかという根拠の側を指す。三拍のうち最後の一拍が違うだけで、証明の中での持ち場が入れ替わっている。表記に「所以」を当てる習慣も、この名詞性を支えています。「所」は動作ではなく、動作の及ぶところを名詞に変える字です。語形の成り立ちについては撥音化を説く説明などいくつかの見方がありますが、名詞として立っているという一点は、表記の側からも裏づけられます。接続語のほうは文と文のあいだにしか置けませんが、名詞の形は主語にも目的語にもなれる。根拠そのものを議論の対象として持ち上げられるかどうかが、ここで分かれます。

とはいえ、そう整理して終われないところがあります。この語のもとになった漢文の言い方は、よって来たるところ、つまり事の起こりも指していました。原因は一方向の矢印です。それが起きたから結果が生じた、と言えても、結果からもとを一意に決められるとは限りません。同じ語形が同値と含意の両方を担っている以上、使う側が毎回どちらのつもりかを決めていることになります。決めていないまま書かれた文章は、読むとどこかで必ず滑ります。

もう一点、特徴づけは一つとは限りません。円には等距離の点の集まりという述べ方のほかにも、同値な言い換えがいくつもあります。どれを選ぶかは、証明の都合や、その先で何を示したいかで決まります。同じ対象に対して、正しい特徴づけが複数並び立つ——これは意外に重要なことで、一つに絞らなければ気が済まないという構えのほうが誤りだと分かります。

対象を分けるという作業には、数学の側にも定型があります。ある関係で対象をひとまとめにし、そのまとまりの中では区別しないことにする。同値関係と同値類と呼ばれる操作です。まとめてしまった以上、類の中身は見分けられません。見分けたければ、同じ類のものには同じ値を返し、違う類には違う値を返す量を一つ持ってくる必要がある。完全不変量と呼ばれるもので、めったに手に入りません。人物を他から切り分ける条件を探す作業は、これによく似ています。境遇や属性でひとまとめにした類の中から、その人だけが違う値を返す量を見つけ出す。難しくて当たり前で、数学の側でもそれは易しい仕事ではありません。ただし、一つ決まってしまえば安上がりです。同じ類に属する他の対象をいちいち並べなくても、区別はそこで済んでしまいます。

区別の効き目がはっきり出るのは、人物を説明する場面でしょう。生い立ちや事件を並べていくのは含意の連鎖です。それらの条件を満たす人物は、原理的には何人でも作れます。似た境遇の別人にそのまま当てはまってしまう説明は、その人物を他から切り分けていません。読んだあとに像が残らない人物紹介は、たいていここで失敗しています。だとすれば、書くべきは条件の量ではなく、絞り込みの精度のほうです。同じ場所で育ち、同じ喪失を経た十人を並べたときに、その一人だけが取る行動が一つあります。そこを見つけて書けば、過去を全部説明しなくても人物は立ちます。しかもその一点は場面ごとに違ってよく、序盤で使った条件と終盤で使う条件が別でも矛盾しません。矢印を一本引き足すのではなく、二本になる一点を探す。分量を減らしながら輪郭が出るのは、この置き換えが効いたときです。

文: hakadoru.ai 編集部

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