もしくは

【もしくは】接続詞

使い分けの視点

「あるいは」「または」は候補を対等に並べ、前者はやや文章的、後者は広く中立です。「ないし」は範囲や硬い規定、「それとも」は相手へ直接選択を求めます。「あるいはまた」は案を追加し、「場合によっては」は条件付きの可能性です。「ひょっとすると」は推測、「どちらかといえば」「あえて言うなら」は弱い比較判断を示します。

同義語

同品詞の類義語

あるいは
または
ないし文芸的
それともcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

あるいはまた文芸的
どちらかといえば

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

ひょっとすると
場合によっては
あえて言うなら文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

選択の階層を組むエッセイ関連

例文: 契約文を読む探偵は接続詞で選択の階層を組む仕組みに気づき、三人のうち二人だけが同じ条件だと見抜いた。

数えると見える縄張り——選択の接続詞と法令の秩序

言葉を数えるという作業には、直感を裏切る発見が付き物です。どんな言語のテキストでも、単語を出現回数の順に並べると、上位は助詞や接続詞といった機能語がほぼ独占します。しかも順位と頻度の間には、順位が倍になると頻度がおよそ半分になる、反比例に近い関係が広く観察され、ジップの法則と呼ばれています。名詞や動詞が入れ替わり立ち替わり現れる裾野の下で、機能語たちは不動の上位を占め、互いに縄張りを分け合って暮らしている。個々の作品を読んでいるだけでは、この秩序は見えません。数えてみて初めて、縄張りの境界線が浮かび上がってきます。

選択の接続詞と一口に言っても、分布は一様ではありません。「または」が話し言葉から公文書まで広く顔を出すのに対し、「もしくは」は書き言葉、それも硬い文書に強く偏る——この程度のことは、コーパスを引くまでもなく多くの人が感覚で知っています。しかし感覚は境界線を引けません。どの程度偏るのか、どんなジャンルに濃く、どんな語と隣り合うのか。そこを確かめる道具が、国立国語研究所の「現代日本語書き言葉均衡コーパス」のように、書籍・新聞・白書・ウェブといったジャンルの構成比を設計して集められた大規模テキストです。均衡コーパスの価値は、偏りを偏りとして測れる点にあります。

偏りが制度にまで固定された極端な例が、法令の世界です。法令用語には有名な使い分けの規則があります。選択肢の階層が二段になるとき、大きいくくりには「又は」を、その内側の小さいくくりには「若しくは」を使う。「A若しくはB又はC」とあれば、AとBが近い仲間で、Cはその外側にいると読める仕組みです。つまりこの語は、法令の文の中では単なる言い換えの一つではなく、括弧の役割を担う構造記号として働いている。法令テキストだけを集めて接続詞を数えれば、日常の文章とはまるで違う分布が現れるはずです。頻度の偏りが、そのまま読解の規則になっている世界だと言えます。

共起——どの語の隣に現れやすいか——を数える手法でも、輪郭は鮮明になります。この接続詞は名詞と名詞を結ぶ位置に集中し、文どうしをつなぐ用法は比較的少ない。前後には「書面」「電話」「代理人」のような手続きの匂いをまとう名詞が目立つ、というのが書類を読み慣れた人の経験則でしょう。構文との相性も共起の一種です。疑問文の中で二者択一を迫る位置には、同じ選択でも別の語が立ちやすい。連続する語の並びを数えるnグラムという手法は、こうした経験則を検証可能な観察に変えてくれます。頻度の表は一見退屈ですが、読み方を知っていれば、語の交友関係の記録として読めるのです。

小説を書く人にとって、この計量の話は実利に直結します。頻度分布とは、読者がその語と「どこで出会ってきたか」の履歴だからです。役所の文書で出会い続けた語を恋人同士の会話に置けば、台詞は書類の匂いをまといます。契約書めいた話し方をする人物を一人立てたいなら、逆にこの偏りは追い風になる。意図的なら武器、無自覚なら事故、という点で、位相の知識は刃物に似ています。数えられた偏りは、そのまま文体の設計図として読めます。コーパスは、辞書が載せてくれない語の生息地を教える地図です。

文: hakadoru.ai 編集部

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