ひょんな

【ひょんな】連体詞

使い分けの視点

予想外の発端を示す語でも、「意外な」は結果との落差、「思いがけない」「予期せぬ」は予測外だった事実を表します。「ふとした」は小さく偶発的な契機、「降って湧いたような」は突然与えられた印象です。「天の悪戯のような」は偶然を運命的に語るため、語り手の評価の強さを揃えます。

同義語

同品詞の類義語

意外な
思いがけない
ふとした
予期せぬ文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

降って湧いたような
思いもよらぬ文芸的
図らずもの文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

まさに思いがけない
他ならぬふとした文芸的
天の悪戯のような文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

結末を決めずに始まりだけを示すエッセイ関連

例文: 結末を決めずに始まりだけを示す偶然として、作家は間違い電話から二人の探検を始めた。

対応する一語が見つからない連体詞

英訳された日本語小説を原文と並べて眺めていると、訳語が毎回違う語というものがあります。この連体詞はその一つです。偶然を言う副詞句に置き換えられていることもあれば、奇妙さを言う形容詞になっていることも、あるいは訳文から丸ごと消えて文の構造だけが組み替えられていることもある。訳者が怠けているのではなく、渡す先の棚がない——一対一で受け止める相手が英語側にいないのだと考えるほうが妥当でしょう。

理由の一端は品詞にあります。この語は連体詞で、活用せず、述語にも立てません。名詞の前に置く形でしか現れない。しかも修飾できる名詞がほぼ固定されていて、出来事や発端を指す一握りの語としか結びつかない。英語側で意味の近い形容詞は複数ありますが、それらは述語位置にも立てるし、修飾先も広い。分布が違う語どうしを対応させると、どこかで必ずはみ出す。訳語が定まらないのは、意味の問題である前に文法的な生息域の問題です。連体詞という品詞そのものが対照言語学では扱いにくい部類で、活用も述語化もしないという性質を持つ語類を、英語の側は形容詞と限定詞に分けて引き受けています。分け方が違う棚のあいだで一対一の対応を探すこと自体に無理がある。

もう一つ、意味の側にも捩れがあります。この語は出来事の始まりかたを評価しますが、その出来事の結末については何も言わない。良いことが起きたのか悪いことが起きたのかは、後続の文が担当する。英語で近い形容詞は、多くの場合すでに評価を含んでいます。奇妙だと言えば話者の当惑が入り、幸運だと言えば結果の良さが入る。始まりだけを評価して結末を保留するという配分の仕方が、対応語を見つけにくくしている。

出自についても触れておくと、この語の語源には定説がありません。漢字の音から来たとする説をはじめ複数の説が知られていますが、決着していないようです。語源が不明なまま慣用の形で固まったので、内部を分解して訳すこともできない。ここで一度立ち止まりました。分解できない語は訳しにくい、というのは順序が逆かもしれない。分解されなくなるほど強く一つの用法に癒着したからこそ、この語は生き延びたのではないか。癒着は訳者にとっての障害ですが、話者にとっては効率です。

物語における機能に引き直すと、この語は因果の説明義務を免除する装置として働きます。なぜその二人が出会ったのか、なぜその手紙が届いたのか——本来なら書くべき理屈を、一語で飛ばしてよいことにする。読者もその免除を受け入れます。ただし免除には枚数制限がある。同じ長編で三度目に出てきたとき、読者はそれを偶然ではなく作者の都合として読み始めるでしょう。訳しにくさとは、この免除の許可証が言語ごとに別の書式をしているということでもあります。実際、英訳で語が消えるのはこの機能が構造で代替されるからでしょう。日本語が一語で済ませた免除を、英語は文の順序や時制の置き方で示す。免除の総量は保たれていて、それを担う部品だけが入れ替わっている。翻訳された小説を読んで偶然の扱いが妙に手際よく感じられることがあるのは、たぶんこのあたりに理由があります。逆に言えば、原文で一語に頼れるという条件は、その一語をどこに置くかという判断を書き手に全部渡してくるということでもある。

文: hakadoru.ai 編集部

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