とんでもない

【とんでもない】感動詞

使い分けの視点

褒めを辞退する「滅相もない」「畏れ多い」は強い謙遜で、前者は改まり、後者は身分差を意識します。「いえいえ」「そんなことはない」は柔らかな否定、「いいえ」「断じて違う」は主張の否定です。「とても無理」は能力・条件の限界、「あいや」は古風な驚きに使います。

同義語

同品詞の類義語

滅相もない文芸的
いえいえ
いいえ

類義句

同品詞の慣用的言い換え

そんなことはない
とても無理
畏れ多い文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

とんでもございません文芸的
あいや文芸的
断じて違う文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

期待からの距離エッセイ関連

例文: 一枚の硬貨が十度続けて表になり、数学者は偶然そのものより期待からの距離に青ざめた。

見積もりを下方修正するエッセイ関連

例文: 過大な称賛を受けた新人は、自分の失敗も示して見積もりを下方修正するよう丁寧に辞退した。

外れ値の申告——期待からの距離を測る形容詞

サイコロを十回振って、十回とも六が出たとします。確率は六の十乗分の一、およそ六千万分の一。目撃した人がまず口にするのは、たぶんこの言葉でしょう——「とんでもない偶然だ」。この形容詞は、確率と距離の言葉に翻訳しやすい、めずらしい語です。何がどう「ない」のかを問い詰めるより、数直線の上で考えたほうが、ふるまいがよく見えます。

統計学に外れ値という用語があります。観測値の集まりの中で、他から大きく離れた値のこと。日常語のこの形容詞は、ほぼこの直感に重なっています。「とんでもない金額」は相場という基準からの距離、「とんでもない方向」は針路からの距離。話し手の頭の中には予想の分布があり、その裾のさらに外側へ落ちた事態に、この語の札が貼られる。形容しているのは事物そのものの性質ではなく、期待とのずれの大きさです。だから同じ金額でも、話し手の相場観しだいで札が付いたり付かなかったりする。語が測っているのは世界ではなく、話し手の座標系です。

隣の語と比べると、測り方の違いも見えてきます。「ありえない」は、文字どおりに取れば確率がゼロだという主張です。ところが目の前で起きた出来事に「ありえない」と言うとき、その事象の確率がゼロでなかったことは、すでに証明されてしまっている。論理的には破綻した叫びです。一方この形容詞は、起きたこと自体は認めたうえで、期待からの距離だけを問題にする。ゼロを主張しないぶん、数学的には誠実な悲鳴だと言えます。六千万分の一は、小さいけれどもゼロではない。サイコロは、その差を一晩で教えてくれます。

この見立ては、褒められたときの返答としての用法もきれいに説明します。「お上手ですね」「とんでもない」。相手の褒め言葉は、腕前の物差しの高い位置にこちらを置く推定です。返答は、その推定値と実際の値のあいだには大きな距離がある、という主張——あなたの見積もりは外れ値です、という申告にほかなりません。謙遜とは、相手の測定に対する下方修正の要求である。そう言い換えてみると、この挨拶めいたやり取りが、実は推定と訂正の応酬だったことが見えてきます。

ついでに語の内部を覗くと、これが「とんでも+ない」に分解できないことに気づきます。「とんでもある」という肯定形は存在しない。全体でひとつの形容詞です。素数がそれ以上割れないように、この語も意味の上では割れない——だからこそ、丁寧に言おうとした「とんでもございません」の是非が長く議論され、文化審議会の「敬語の指針」(二〇〇七年)は、褒めへの返答としてなら許容されると整理しました。割り切れない語は、運用でも割り切れなさを引きずるものらしい。

書き手にとっての使い道は、距離の測定器としての性格にあります。人物が何にこの語を発するかは、その人物の期待の分布、つまり何を相場と見なして生きてきたかの露呈だからです。百円の無駄にこの語を使う人物と、百万円の損失を眉ひとつ動かさず受け流す人物。同じ形容詞の使いどころを変えるだけで、二人が生きてきた世界の値段まで書き分けられます。値札は物にではなく、人物の来歴に付いている。この語は、その値札を読者の前でひっくり返して見せる小さな装置です。

文: hakadoru.ai 編集部

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