中学の英語の授業で、黒板に not only A but also B と書かれ、その下に「AばかりでなくBも」と訳が添えられます。この対訳の等式は、何世代にもわたって教室で繰り返されてきました。構文と訳語が一対一で結ばれ、試験のたびに再生産されていきます。ある言い回しがなぜ広まったのかを考えるとき、辞書や文学作品より先に、教室という制度を疑ってみる価値があります。等式の右辺に立ち続けてきたのが、この言い回しの一族です。
日本語には累加の言い回しが古くから複数ありました。漢文訓読の系譜には「のみならず」があり、和語の系譜には「ばかりでなく」があります。「そればかりでなく」は、後者に指示語をかぶせて文頭の接続に転用した形です。明治期、西洋語の書物が大量に翻訳される中で、原文の構文を透かし見せる直訳調の文体——いわゆる欧文脈が生まれ、論説や学術の日本語を作り替えていったと指摘されています。not only ... but also のような相関構文はその透かしがとりわけ見えやすい例で、既存の累加表現が、この型の受け皿として整列させられていきました。
普及の背景には、言葉が使われる場そのものの変化もあります。明治は演説の時代でした。speech に「演説」という訳語を与えたのが福澤諭吉であることはよく知られていますが、演説や論説は、根拠を積み上げて聴衆を説得する形式です。一つ目の論点で頷かせ、二つ目でさらに押す——累加の接続表現は、この「さらに押す」の合図として、新しい公共的な話し言葉と書き言葉の道具になりました。語の歴史は、それを必要とした発話の場の歴史でもあります。
話し言葉が書き言葉を作り替えた経路としては、速記の存在も見逃せません。明治には演説や落語を速記して出版する文化が生まれ、三遊亭円朝の落語速記本が言文一致の文体に影響を与えたことはよく知られています。演説の壇上で聴衆を押すために使われた累加の言い回しは、速記を経由して印刷物に固定され、読み手の目にも馴染んでいきます。声の技術が紙の文体になる回路が、この時代には確かに開いていました。
その後、口語化の流れの中で「だけでなく」が日常の主流になっていきます。感覚的には、現在「ばかりでなく」系はやや改まった、書き言葉寄りの位置にあります。百年あまりのあいだに、この表現は翻訳の最前線から、格式の名残へと持ち場を移したことになります。同じ機能の語が、漢文訓読の「のみならず」、和語系の「ばかりでなく」、口語の「だけでなく」という三つの層に堆積しているのは、文体史の地層がそのまま現代語の類義語群として露出している例だと言えるでしょう。
小説でこの地層を使い分けると、時代と人物の教養が音もなく伝わります。明治が舞台の書生に「だけでなく」と言わせれば半歩浮き、現代の高校生に「のみならず」と言わせれば芝居がかります。接続の表現は意味の主張が薄いぶん、時代考証の穴がかえって目立つ場所です。衣装や小道具を調べるのと同じ注意を、地の文の四、五文字に払う。考証とは、名詞だけの仕事ではありません。