騒がしい

【さわがしい】形容詞

使い分けの視点

「騒がしい」は、音の大きさに加え、人や心が落ち着かない状態まで表します。「うるさい」は話者の不快、「やかましい」は口調の強い非難、「喧しい」は文語的な響きを帯びます。音源を並べるか、音が引いた後の小さな音を置くと、場面の現在と前史を描き分けられます。

同義語

同品詞の類義語

うるさいcolloquial
やかましいcolloquial
喧しい文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

鼓膜を破りそうなcolloquial
耳をつんざく文芸的
喧騒に包まれる文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

蜂の巣をつついたようなcolloquial
市場のような
雷鳴のような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

がやがやとcolloquial
わいわいとcolloquial
喧々囂々と文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

耳が痛くなるcolloquial
大騒ぎするcolloquial
声高に話す

体言的言い換え

用言を体言に変換

喧騒文芸的
雑踏文芸的
喧噪文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

耳を塞ぎたくなるcolloquial
静寂のない文芸的
ざわつく

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

冷蔵庫の唸りだけの部屋エッセイ関連

例文: 冷蔵庫の唸りだけの部屋に戻り、少女は祭りが終わったことを知った。

打ち消しても静けさは来ない——否定が届かない場所

静かにしなさい、と言われた子どもが、次の一秒で何をすればいいのか分からずに固まることがあります。伝えられたのは、やめることだけです。何を始めればよいかは、どこにも書かれていない。禁止は空白を作りますが、空白の埋め方までは指定しません。言われた側は、黙って立っているか、声をひそめて同じ遊びを続けるか、別の遊びを探すか、自分で決めるほかありません。叱った側が思い描いていた状態は、そのうちのどれか一つだったはずですが、それは伝わっていない。打ち消しの文にも同じ性質があります。削られた領域の代わりに何が置かれるかは、読んだ側の裁量に委ねられていて、書き手はそこを統制できません。

騒がしくない、と書いても、その部屋が静かだとは限りません。ここには何もないという断定ではなく、ある目盛りから上ではない、という程度の情報しか残らない。段階を持つ形容詞に否定を掛けると、反対側の端まで一気に飛ぶのではなく、目盛りの中ほどを含んだ広い帯が残ります。論理学の用語で言えば、これは両方が同時に真にはならないが、両方が偽であることはありうる対立で、真ん中がある。だから打ち消しだけでは、静けさという状態を文の中に置くことができない。

もう一歩踏み込むと、隣の語との差も見えてきます。うるさい、と書いた瞬間、話者が迷惑を被っているという含みが入る。試しに、祭りの通りは騒がしかったが不快ではなかった、と書いてみると自然に読めます。うるさかったが不快ではなかった、はどこか座りが悪い。ここで引っかかりました。うるさいけど嫌いじゃない、なら言える。取り消せてしまうのなら、それは語の意味に固く含まれた条件ではなく、文脈が運んでくる含みの方だということになります。打ち消せるかどうかで両者を分けるという手続きは、この種の判別によく使われる。

帯の広さは、打ち消しを二重にするとかえってはっきりします。騒がしくなくもない、と書けば、目盛りの中ほどのどこかだと分かる。二つの否定は互いを消し合って元へ戻るのではなく、両端を削って中央だけを残します。記号の上では二重否定は肯定に戻るのに、文章ではそうならない。緩叙と呼ばれるこの言い方で、書き手は断定を避けながら、実際には肯定より狭い範囲を指しています。程度副詞を足しても帯は動きます。あまり、を挟めば上限のすぐ下だけが削られて中の下あたりに落ち、決して、を挟めば帯そのものが下端へ押しつけられる。同じ打ち消しの形が、副詞一語で別の範囲を指すことになります。副助詞も効きます。騒がしくはない、と「は」を入れれば、何かと比べての話だという含みが立ち上がり、比較の相手が文の外に呼び出される。読者はその相手を探し始めるので、一文のうちに、書かれていない場所が生まれます——削った跡ではなく、参照先の空席のほうです。

打ち消しても消えない層もあります。その部屋は、もう騒がしくなかった。この一文は、静けさを伝えると同時に、以前はそうでなかったという情報を無言で置いていく。否定の外側に立っているので、打ち消しをくぐり抜けてしまう。書かれていないのに読まれる情報がここにあり、しかも読者はそれを推測だと感じない。過去の描写を一行も費やさずに、場面の前史を差し込む方法として、これはかなり効率がいい。ただし濫用すると、読者は説明されないまま情報だけを蓄積させられて、疲れます。

否定がどこまで掛かるかという問題も残っています。彼は騒がしい店が好きではない、と書いたとき、好かれていないのは店なのか、騒がしさなのか。書き手の頭の中では片方に決まっているのに、文の上では両方が生きている。打ち消しの届く範囲が定まっていないためで、これは曖昧というより、範囲が明示されないまま放置されている状態です。人物の性格を一文で示そうとするときほど、この種の取りこぼしが起きやすい。

結局のところ、打ち消しは領域を削るだけで、何も置かない。静けさを書きたければ、削るのではなく置くしかない。冷蔵庫の低い唸り、遠くの車、椅子が軋む音。静けさは音がないことではなく、小さな音が聞こえるようになることなので、消去法では届かない。逆に、削ることそのものが効く場面もある。何かが終わった直後の部屋を書くときには、あった音が引いたという事実の方が、いま何が聞こえるかより重い。使い分けの基準は、その場面が失われたものの話なのか、いま残っているものの話なのか、という一点にあります。

文: hakadoru.ai 編集部

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