逃げる

【にげる】動詞

使い分けの視点

「逃げる」は追手との距離を開く移動から、責任や現実へ向き合わない態度まで広がりました。「退く」は戦術的後退、「避ける」は接触回避、「退避」は中立な安全行動です。物理的逃走では追手や開く距離を一つ示します。

同義語

同品詞の類義語

退く文芸的
避ける
遁走する文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

姿をくらます文芸的
背を向ける文芸的
身を隠す

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

兎のような
弾かれたような
煙のように文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

一目散に
こそこそとcolloquial
脱兎のごとく文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

逃走
退避

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

身を翻して走り去る文芸的
雲隠れする文芸的
足を早める

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

追手との距離エッセイ関連

例文: 追手との距離が十歩へ開き、少年は路地を曲がった。

追手のいない逃走——比喩が原義を追い越すまで

競馬で「逃げ馬」と呼ばれる馬は、誰からも逃げていません。序盤から先頭に立ち、追いすがる馬を背後に置いたまま最後まで押し切る戦法を、その名で呼ぶ。追われる位置に自分から入っていく積極的な選択が、逃走の語で名指されている。自転車競技でも先行して集団を離れる動きを同じ語で呼びます。原義から素直に考えれば妙な話ですが、実際にはこの用法に違和感を持つ人はほとんどいません。語の意味が移動した跡が、ここに一つ残っています。

古語の「逃ぐ」は下二段動詞で、用例の中心は身体の移動でした。軍記物の世界では、この語のほかに「落つ」「落ち延ぶ」といった語が敗走の描写を分担していて、戦場から離れる行為には複数の言い方が用意されていた。移動する主体がいて、追う者がいて、両者の距離が開いていく。三つの要素がそろって初めて成立する語だったと考えられます。

その後、この語は対象を「から」で受ける形を広げていきます。責任から逃げる、現実から逃げる、話題から逃げる。追う者が人ではなく、抽象的な状態や義務に置き換わった。ここで一つ、重要な変化が起きています。抽象的な対象は追いかけてきません。距離も開きません。それでも語が成立するのは、この語の意味の核が「距離を取る」から「向き合わない」へ移ったからです。移動の語が態度の語になった——距離ではなく姿勢を測る語へ移った、と言い換えてもいい。

近い意味を持つ語との分業も、同じ時期に組み替えられたようです。文語の色を濃く残した「のがれる」は、危険や災いから身を離すという含みを強く保ち、現代でも責任をのがれる、追及をのがれるといった硬い文脈に残っています。一方、和語の側は口語の中で使用場面を広げ、日常の些細な回避にまで及ぶようになった。二語が意味の領域を分け合ったのではなく、位相の高低で分かれたという言い方のほうが実態に近いでしょう。同じ行為を、どちらの語で書くかによって、文章の格が動く。

意味の移動には、評価の傾きが伴いました。逃げ道、逃げ口上、逃げ腰——複合語の多くが、責める側の語彙として使われます。悪化と呼ばれる方向への変化ですが、一方通行ではありません。「逃げるが勝ち」ということわざは戦術的な肯定を保ったまま残り、避難という漢語は制度の言葉として評価を持ちません。同じ行為が、和語では非難され、漢語では中立に扱われる。位相が違えば評価が違うという事実は、書き手にとってはそのまま選択肢になります。

現代の用法を見渡すと、この語はもう追手を必要としていません。締切から逃げるとき、締切は追ってこない。それでも読者はその文を理解し、逃げている人物の姿勢まで受け取ります。ここまで来ると、原義に忠実な描写のほうが手間になる。背後から足音が近づく場面をこの語で書くと、比喩に慣れた読者の目は一度素通りしかけて、それから物理的な意味だと気づいて戻ってくる。その一往復を避けたければ、距離が実際に開いていることを数値なり景色なりで示しておくしかありません。追手を書くのは、原義を復活させるための工事なのです。

文: hakadoru.ai 編集部

エディタで直接置換して執筆を加速

SaaS エディタではシソーラスの結果をワンクリックで本文に反映できます

無料で始める →