煩わしい

【わずらわしい】形容詞

使い分けの視点

単なる手間なら「面倒な」、処理の難しさなら「厄介な」、気分を塞ぐなら「鬱陶しい」が合います。「手に余る」は容量、「骨の折れる」は負荷、「足に絡みつくような」は進行妨害の比喩です。人物がどこへ進みたくて、何に動きを止められるのかを揃えます。

同義語

同品詞の類義語

面倒な
厄介な
鬱陶しいcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

手に余る
骨の折れる
気が重い

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

足に絡みつくような文芸的
蜘蛛の巣のような文芸的
肩に石が乗ったような

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

億劫そうに
うんざりとcolloquial
忌避するように文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

辟易する文芸的
持て余す
嫌気が差すcolloquial

体言的言い換え

用言を体言に変換

難儀
面倒
雑事文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

目が回るほどのcolloquial
うんざりするほどのcolloquial
難儀極まる文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

動きの鈍りエッセイ関連

例文: 未開封の公文書を見るだけで起こる動きの鈍りを、書記は疲労のせいにした。

絡みつくもの、重いもの——面倒を測る身体の物差し

机の隅に、封を切っていない封筒が三通たまっている。開ければどれも五分で片づく用件です。それでも手が伸びない。返信すべき連絡が二件、期限の迫っていない更新手続きが一件、といった具合に並んでいるとき、それらを言い表すために選ばれる語をいくつか集めてみると、どれも作業の量を測っていないことに気づきます。測られているのは、その用件に接したときにこちらの体がどう鈍るか、のほうです。所要時間で言えば十五分の集まりが、一日中こちらの背中に乗っている。

認知言語学では、抽象的な経験は身体的な経験の型を借りて理解される、という考え方をとります。困難は重さとして、進行は前進として、妨害は絡まりとして把握される。この語群を型ごとに仕分けると、輪郭がはっきりしてきます。手に余るは容量の型で、持てる大きさを超えている。骨が折れるは荷重の型で、支える側の消耗を言う。足に絡みつくよう、蜘蛛の巣のよう、は移動を妨げる型に属し、対象そのものより、こちらの進行が止まることを述べている。気が重いに至っては、重量の比喩がほとんど加工されずに残っています。いずれの型も、対象の客観的な性質ではなく、対象に接したときの身体の変化を報告している点で共通します。

わずらう、という動詞は、病むことと心を悩ますことの両方を指してきました。身体の不調と心の停滞が同じ語形を共有している——これを比喩が定着した結果と見るか、そもそも両者の区別が立てられていなかったと見るかは、簡単には決められません。語源をめぐる説明も一つに定まっていない。ただ現代語の用法を観察するかぎり、この形容詞が指しているのは仕事の量ではなく、動きの鈍りのほうだと言えます。同じ三通の封筒でも、締切が明日に迫れば、選ばれる語は別のものになる。負荷が同じでも、こちらの動きが止まっていなければ、この語は出てこないわけです。

もっとも、すべてを身体の比喩に還元できるわけではありません。面倒は見た目や体裁を意味する語に由来するという説があり、荷重や絡まりの型では説明しにくい。厄介は世話や災厄に関わる語で、人間関係の型に属します。つまり比喩の地図は一枚ではなく、荷重・絡まり・世話・体面という別系統の版が何枚も重なって、現在の語彙群を作っている。ここを一つの原理でまとめようとすると、必ずどこかが破れます。むしろ、複数の型が重なっているからこそ、話者は状況に応じて型を選べるのだと考えるほうが実態に近い。

書く側にとって実用的なのは、どの型を選ぶかで人物の像が変わることです。重さを訴える人物は、責任をすでに引き受けている。絡まりを訴える人物は、どこかへ進みたがっていて、進めないことに苛立っている。世話の型を選ぶ人物は、他人を勘定に入れている。体面の型を選ぶ人物は、他人の目を勘定に入れている。同じ「気が進まない」を書くときも、身体のどこが鈍っているのかを先に決めておくと、そのあとに続く地の文の比喩が自然に揃います。逆に決めずに書くと、重さと絡まりと世話が一段落の中で混線し、読者は人物の輪郭をつかみそこねる。

文: hakadoru.ai 編集部

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