滑る

【すべる】動詞

使い分けの視点

物理的な滑走、制御の喪失、試験や冗談の失敗では意味の経路が違います。自動詞にすると出来事が前面へ出て行為者の責任が薄れるため、「手が」「口が」と身体部位を主語にする場面では弁明の響きも考えます。時代設定では新しい失敗用法が浮かないか確認します。

同義語

同品詞の類義語

滑降する文芸的
ずれる
流れる文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

足を取られる
足元をすくわれる文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

氷を滑るような文芸的
水のような
絹のように文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

するりと
つるりとcolloquial
なめらかに

体言的言い換え

用言を体言に変換

滑走
失態文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

零れ落ちる文芸的
抜け落ちる
口を滑らすcolloquial

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

手が滑るエッセイ関連

例文: 彫刻刀で手が滑ると、職人は傷を葉脈へ変えて作品に残した。

意図の抜けた自動詞が、失敗を引き受けるまで

スキーの講習で最初に習うのは、進み方ではなく止まり方です。板を履いて斜面に立てば、前へ動くことは放っておいても起きます。習得すべきは制御のほうであって、動作そのものではありません——動くことは初期状態で、止まることが技術なのです。この順序が、そのまま語の意味の広がりにも効いているように見えます。制御が外れた状態を先に名づけ、あとから制御された状態を特別扱いします。ふつうは逆のはずなのに、この動詞では最初から失敗の側に足場がある。

物理的な滑走から、意図しない動作へと広がります。「手が滑る」「口が滑る」がその例です。どちらも本人の身体で起きているのに、責任の輪郭がぼやけます。自動詞であることが効いています。「落とす」なら他動詞で行為者が立ちますが、こちらは出来事として提示され、誰が悪いのかを言わずに済みます。言い訳に使いやすい語形をしている、と言ってもいいでしょう。制御が外れたという記述は、制御しようとしていたことを暗に含むので、弁明としても都合がよくできています。しかも身体部位を主語に立てられる点が独特で、手や口といった部分が勝手に動いたことにできます。持ち主である当人は、その隣で観察していただけの位置に退きます。日本語には同じ型の言い方が他にもありますが、これほど広く使われるものは限られます。

そこから先の広がりは急です。「試験に滑る」は不合格の意で、受験の場では忌み言葉として避けられ、滑り止めという語まで定着しました。さらに近年は、冗談が場に受けないことをこの語で言う用法が広く使われるようになり、芸能の業界語から一般語へ移ったとされます。語の意味が悪いほうへ傾いていく過程を、進行中の実例として観察できる語は、それほど多くありません。しかもこの広がり方には順序があります。物理の滑走がまずあり、そこから制御の喪失が分かれ、さらに評価の失敗へ届きます。途中の段階を飛ばしていません。滑る、手が滑る、試験に滑る、話が滑る——並べてみると、身体の外側で起きていた出来事が、少しずつ社会的な評価の側へ移っていく足跡がそのまま残っています。

ただ、悪化と言い切ってしまうと雑になります。「滑らかに滑る」も「氷を滑るような」も肯定的で、否定の色はどこにもありません。悪い意味が付いたのは語全体ではなく、特定の型のほうです。目標を助詞で受ける用法と、主語だけを伴って単独で立つ用法がそれにあたります。動詞が丸ごと悪くなるのではなく、構文が先に色づき、その構文の記憶が語のほうに残っていく——意味の悪化はおそらく、語彙の現象であると同時に構文の現象です。そう考えると、辞書の語義欄が並べる番号のどこに「失敗」を置くかは、実はかなり難しい判断になります。

実務上の帰結は、時代設定に敏感な語になっている、という一点に尽きます。時代物の地の文で失敗の意味に使えば浮くし、現代物であっても、使う人物の年齢や職業を漏らします。意味変化の途中にある語は、書き手が意識していなくても話者の位置を表示してしまいます。もっとも、それは弱点とばかりは言えません。二人の登場人物に同じ一語を違う意味で受け取らせれば、それだけで世代差の場面が一つ書けます。ずれている最中の語は、ずれを描くための道具でもある。片方は板の下の氷を思い浮かべ、もう片方は静まり返った客席を思い浮かべます。同じ音を聞いて別の絵を見ている二人を書くのに、説明はほとんど要りません。

文: hakadoru.ai 編集部

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