明治三十年代、日本美術院に集まった横山大観や菱田春草は、輪郭線を用いずに空気や光を描く方法を試みました。この画法に当時つけられた呼び名が「朦朧体」です。ほめ言葉ではありませんでした。線がない、形が定まらない、締まりがない——批判の語として投げられた名が、そのまま美術史の用語として残った。悪評が呼称に変わる例は美術史にいくつもありますが、ここで見ておきたいのは名づけのほうではありません。語のほうです。輪郭のなさを指すこの二字が、当時はまだ視覚の領域で自然に働いていたという事実が、ここに記録されています。いまなら、画法にこの名をつけようとは思いつかないでしょう。
二字を分解すると、出自はさらにはっきりします。朦も朧も月偏を持つ字で、月の光がぼんやりと霞むさまを表しました。漢語としてのこの語が最初に引き受けていた仕事は、外界がよく見えないこと。見る側ではなく、見られる側の状態です。おぼろ月、朧夜といった和語の語彙が近くに並んでいるのも、同じ理由によります。月は、夜の光源のうちで唯一、輪郭が日ごとに変わり、しばしば雲や霞に隠れるものです。曖昧さの見本として、これほど都合のよい対象は他にない。かすみ、もや、おぼろ——見えにくさを言う語の多くが天象や水気と結びついているのも、偶然ではないはずです。
現代語でこの二字がいちばん多く現れる位置は、そこから移動しています。意識、記憶、頭。見えにくいのは外界ではなく、見ている当人の内側だという使われ方です。対象の状態を表す語が、それを知覚する主体の状態を表す語へ移る。この経路は珍しいものではなく、「かすむ」「ぼやける」「くもる」にも同じ移動が見られます。目がかすむと言うとき、かすんでいるのは目ではなく像ですが、語は目のほうを主語に取る。知覚の失敗を対象の側に帰すか主体の側に帰すかは、もともと言語が決めていない。だから語は両方を行き来できます。移動の向きが外から内へ偏っているのは、内的状態を名指す語がもともと不足しているためだと考えられます。
ただしこの語の場合、移動はほぼ片道になりました。医療や報道の文脈で意識の水準を述べる決まった言い方として定着した結果、いま月に対して使えば、はっきり古風に響きます。使用の重心が移ると、元の用法は消えるのではなく、古典的な色を帯びた特殊な選択肢として残る。意味が縮小したというより、文体の層が分かれたと見るほうが実情に合うでしょう。同じ語形が二つのレジスタに別々に住みついている状態です。通時変化は意味の拡大や縮小として説明されることが多いのですが、実際に起きているのは分布の偏りであることが少なくありません。語義そのものは残っていて、使われる場所だけが痩せていく。辞書がその痩せ方を書き留めるのは、たいてい何十年か遅れてからです。
書き手はこの分化を材料にできます。人物の意識に使えば臨床の響きが混じり、月や霧に使えば古典の響きが立つ。同じ二字で、文の温度が変わります。ただし前者はすでに使われすぎていて、酔いや発熱や負傷の場面でほとんど自動的に出てくる語になっている。自動的に出てくる語は、読者の側でも自動的に処理され、場面の記憶には残りません。手垢を落としたければ、意識から離して視界の側へ戻すという手が残っています。霞んだ町並みにこの語を当てれば、意識を書かずに意識の状態を伝えることもできる。語の来歴をたどると、いちばん擦り切れていない使い方は、たいてい最も古い使い方のほうに残っている。