抱き寄せる

【だきよせる】動詞

使い分けの視点

「抱き寄せる」は人や人に準ずる存在を、自分の胸や腕の内へ近づける瞬間動作です。荷物には使いにくく、着点も動作主側に限られます。受身にすれば視点が引かれた側へ移るため、誰の距離感を描くかで選び分けます。

同義語

同品詞の類義語

抱擁する文芸的
掻き抱く文芸的
抱え取る

類義句

同品詞の慣用的言い換え

胸に引きつける
腕の中に収める文芸的
懐に招く文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

大切な宝を仕舞うような
雛鳥を庇うような文芸的
潮を掬うような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

そっとcolloquial
力強く
切なげに文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

抱擁
擁抱文芸的
抱きしめcolloquial

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

胸の奥に引き入れる文芸的
逃すまいと腕に絡める
守るように腕を回す

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

引き寄せて抱く

例文: 猟師は倒れた少年を引き寄せて抱く。

荷物には使えない——目的語と着点が縛られた複合動詞

彼は荷物を抱き寄せた、という一文には、どこか落ち着かないところがあります。文法規則を破っているわけではないのに、読むと引っかかる。彼は子供を抱き寄せた、なら何も起きません。同じ構文で、目的語だけを入れ替えたのに反応が違う。この差がどこから来るのかを追うと、この動詞が抱えている制限がひととおり見えてきます。

まず構造から。この語は「抱く」と「寄せる」が結合した複合動詞です。日本語の複合動詞は、二つの動詞が一語に融合しているものと、後項が独立性を保っているものとに分けて考えるのが一般的で、この語は前者にあたります。判定は簡単で、間に助詞を挟めるかを見ればいい。「読み始める」は「読みは始める」がかろうじて言えますが、この語で同じことをすると壊れます。全体でひとかたまりのアクセントを持ち、前項だけを「そうする」で受け直すこともできない。要するに、二語の意味を足し算した結果ではなく、一語として辞書に登録されている単位だということです。

次に格。「XがYをZに抱き寄せる」という三項の枠を持ちますが、Zの自由度が異様に低い。胸に、自分のほうへ、腕の中へ——どれも動作主の側です。彼女は彼を壁に抱き寄せた、と書くと文が転びます。後項の「寄せる」は他動詞で、対応する自動詞は「寄る」ですが、この対のどちらにも、話し手や動作主のいる場所を基準点にする性質がある。波が寄せるのは岸のほうであって、沖ではない。方向が話者側に固定された動詞を後項に持つ以上、着点は動作主に縛られます。冒頭の違和感の半分は、ここから来ています。

残りの半分は目的語です。この語は、Yに人間か、それに準ずる存在を要求します。荷物が落ち着かないのは、引き寄せられる側に意志があることを前提しているからで、その前提を満たさない目的語を入れると、動作だけが宙に浮く。動物や、人形や、人の形をしたものならかろうじて通る。つまりこの動詞は、動作の記述であると同時に、相手を対等な存在として扱っているという情報を運んでいる。

活用の側にも非対称があります。この動詞は瞬間的な変化を表すため、「ている」を付けると進行ではなく結果の持続に読まれる。抱き寄せているところだ、と書いても、引いている最中の映像はほとんど立ち上がらず、すでに引き終えて腕の中にある状態が見えてしまう。動作の途中を書きたいなら別の語形へ逃げるしかない。命令形も同様で、この語を命じる形にすると、対象への配慮を含む語であるはずなのに、命じられた側の意志を無視することになり、文が軋みます。使える活用と使えない活用が、意味のほうから決められている。

受動化すると、この配置が反転します。抱き寄せられた、と書いた瞬間、視点は引かれた側へ移り、着点の基準も相手の胸のほうへ移る。日本語では受身が視点操作の主要な手段で、同じ場面を二通りに書き分けられる箇所は物語の中でそう多くありません。可能形が受身と同形になるため、文脈だけが両者を分ける——この曖昧さには、どちらとも読める一文を意図的に置ける余地があります。

文: hakadoru.ai 編集部

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