抱く

【だく】動詞

使い分けの視点

「抱く」は腕に人や物を収める読みと、希望や疑いを胸に置く読みを持ちます。後者は内容の真偽を確定せず、視点人物の心の状態だけを示せます。具体物か命題か、腕の力か判断の保留かを目的語に合わせて選び分けます。

同義語

同品詞の類義語

抱える
抱きしめる
擁する文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

胸に寄せる文芸的
両腕で包む文芸的
腕の中に収める文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

羽で雛を覆うような文芸的
繭に包むような文芸的
蕾を守るような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

しっかりとcolloquial
そっと
優しく

体言的言い換え

用言を体言に変換

擁護文芸的
文芸的
胸元

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

腕を回す文芸的
懐に入れる文芸的
胸を貸す文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

疑念をいだくエッセイ関連

例文: 捜査官は証言の空白に疑念をいだく。

疑いは、疑われた側が嘘をついたことを意味しない

腕の中に何もないとき、人は何を持っているのでしょうか。日本語はこの問いに、読み分けという形で答えを用意しています。物理的に腕を使うときの読みと、心の中に何かを置くときの読みが、同じ表記のまま分かれている。希望や疑いを目的語にとるほうは、まず二拍の読みでは読まれません。表記が一つで読みが二つ、という状態が、意味の分岐をそのまま記録している。

抽象的な目的語をとるとき、この動詞は論理学でいう命題への態度を表す語として振る舞います。疑い、確信、不信、期待——いずれも、何らかの内容についての心の構えです。ここで重要なのが、事実性の有無という区別です。「彼は彼女が嘘をついたと知った」と書けば、彼女が嘘をついたことは動かせません。知るという動詞は、その内容が真であることを前提として運ぶからです。ところが「彼は彼女に疑いを抱いた」は、彼女について何も確定させない。疑いの内容が真か偽かは開いたままで、確定しているのは彼の心の状態だけです。前者を事実性動詞、後者を非事実性動詞と呼び分けるのが言語学の標準的な整理になっています。

この違いは、書き手にとって実務上の道具になります。ある人物が別の人物を疑う場面で「知った」を使えば、読者は疑いの内容を既定事実として処理し、以後その前提で読み進める。同じ場面で心の構えのほうの動詞を選べば、読者の側に判断が保留され、真偽は物語の未解決事項として残る。推理の型を持つ作品で語り手の視点を偏らせずに書けるのは、この非事実性のおかげです。

この種の動詞が作る文脈では、同じものを指す表現どうしの入れ替えも効きません。刑事が隣家の男を疑っているとして、その男が物語の真犯人と同一人物だったとします。それでも「刑事は真犯人に疑いを抱いた」と書き換えることはできない。指されている人物は同じでも、刑事の頭のなかでその人物がどう名指されているかが違うからです。心の構えを表す動詞は、対象そのものではなく、対象の捉えられ方のほうを目的語に取っている——論理学ではこうした環境を内包的文脈と呼び、外側では正しい等式が内側では使えなくなることが知られています。地の文をどの人物の頭のなかへ寄せるかを一語で切り替えられるのは、この性質のためです。

存在の扱いにも、はっきりした非対称があります。腕を使う読みのほうでは、目的語は実在していなければなりません。子を抱くと書けば、その子はその場にいます。心の側の読みでは、目的語が存在しなくてもかまわない。ありもしない敵への恐れも、叶う見込みのまるでない望みも、まったく同じ形で書けます。存在しない対象について語れることは、命題への態度を表す動詞に共通する特徴です。同じ字が、世界に何かがあることを要求する用法と、何も要求しない用法とを同時に抱え込んでいる。人物の内面に、現実の裏づけをまだ一つも持たない対象を置けるのは、この落差のおかげです。

否定を重ねると、もう一段はっきりします。「希望を抱いていない」は、絶望しているという意味ではありません。否定されているのは心の中にその内容があることだけで、反対の内容があるとは言っていない。反対語ではなく補集合です。希望・絶望・どちらでもない状態という三つ以上の区分があり、否定形はそのうち一つを除いた残り全部を指す。「彼は希望を抱いていなかった」という一文だけを渡された読者には、その人物が絶望しているのか、単にそこまで考えていないのかを決められません。決められないまま先へ読み進められるのは、否定形が消しているのが広い領域のうちの一点だけだからです。この一点だけを意図して空けておけば、後の章でどちらへ倒しても前の記述と衝突しない。人物の内面を、断定せずに空白のまま置いておきたいとき、この幅の広さが効きます。

さらに、副詞が前提を持ち込む点も見ておく価値があります。「まだ疑いを抱いていた」は、以前から疑っていたことを前提にする。「ようやく希望を抱いた」は、それ以前になかったことを前提にする。しかもこれらの前提は、文全体を否定しても生き残ります。「まだ疑いを抱いてはいなかった」と書いても、いずれ抱くことになる読み手の予感は残ったままです。否定をすり抜けて残るこの性質を、前提の投射と呼びます。一語の副詞で人物の過去を数行ぶん節約できるのは、この仕組みが働いているからです。心の中身を容器の中身のように扱う語だからこそ、深さも、量も、いつから入っていたかも言える。

文: hakadoru.ai 編集部

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