失う

【うしなう】動詞

使い分けの視点

「失う」は、物が消えた場合にも、そこへ届く経路だけが切れた場合にも使えます。「取り落とす」は瞬間、「手放す」は意志、「逸する」は機会、「欠落」は構造上の不足へ焦点を当てます。喪失そのものより、残った習慣や比較対象で欠けた輪郭を見せます。

同義語

同品詞の類義語

なくすcolloquial
逸する文芸的
取り落とす

類義句

同品詞の慣用的言い換え

手放す
指の間から零れる文芸的
水泡に帰す文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

砂が零れるような文芸的
灯が消えるような文芸的
霧が風に散るような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

あっけなくcolloquial
知らぬ間に
はかなく文芸的

体言的言い換え

用言を体言に変換

逸機文芸的
欠落
遺漏文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

手からこぼれる文芸的
跡形もなくなる文芸的
別れを告げる文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

到達できない記憶エッセイ関連

例文: 名前だけ出てこない旧友は到達できない記憶となり、顔と笑い声だけが無傷で残った。

経路が切れたあとも、中身はそこにある

ゴミ箱を空にした直後、いま何が消えたのかを考え込むことがあります。多くのファイルシステムが実際に行うのは、目次にあたる領域からその項目を外し、データの置かれていた区画に「上書きしてよい」という印を付けることだけです。中身は当分そこに残っている。復旧ソフトが救い出せるのはそのためで、本当に読めなくしたければ、乱数やゼロで塗り潰すという別の操作がいります。ここで少し立ち止まりたくなる——喪失とは、対象が消滅することではなく、そこへ至る経路が切れることなのではないか。

ただ、この見立てはすぐに反例に出会います。焼けた家、割れた器、間違えて上書き保存した原稿。これらは経路ではなく中身そのものが潰れている。つまり喪失には少なくとも二種類あって、参照を外す手続きと実体を破壊する手続きは、技術的にはまるで違うものです。それでも日常語の側は両方を一語で引き受ける。財布を失う(世界のどこかにはある)と、視力を失う(もう無い)が、同じ動詞で語られてしまう。この大ざっぱさは欠陥というより実用上の要請なのだと思います。当事者の位置からは、自分がどちらの目に遭ったのかを判別できないことのほうが多い。捜し続ける人と諦めた人を分けるのは、しばしば事実ではなく見込みのほうです。

参照という語をもう少し引いてみます。実行中のプログラムでは、どこからも辿れなくなった値は、まだ物理的にメモリを占めていても、存在しないものとして回収されます。判定の基準は到達可能性ひとつきりで、中身が無事かどうかは問われない。この割り切りは乱暴に見えて、人の実感からそう遠くありません。名前の思い出せない知人、道順を忘れた店、開き方の分からない古い形式のファイル。実体は残っているのに辿り着く手段がないものを、人は失ったと言います。逆に言えば、経路さえ生きていれば、対象がどれほど遠くにあっても失われたとは言わない。距離ではなく接続の有無が、有無を決めている。

小説の喪失の場面を思い返すと、実体が潰れる瞬間そのものを正面から描いた例は、思ったより少ない気がします。強い場面はたいてい、参照が切れたあとに残っている中身のほうへ手を伸ばす。引き出しの奥から出てくる古い切符、変えられないままの連絡先の登録名、指だけが覚えている番号の並び。読者の側に痛みが生じるのは、対象が無いと知らされる瞬間ではなく、対象へ通じていた経路の跡がまだ身体に残っていると分かる瞬間です。喪失は出来事よりも、残留として書かれています。

画像や音声の非可逆圧縮は、人が気づきにくい成分を捨てることで容量を減らします。捨てられた成分は二度と戻らないのに、出来上がったファイルは一見なんともない。欠けているという手がかりが、欠けたものと一緒に消えているからです。原本と並べて初めて差が分かる——比較対象を失えば、欠落そのものが認識されなくなります。書く側にとっても、事情は変わりません。無くなったものを描くのではなく、無くなったと分かるための比較対象を物語のどこに置き、何話ぶん残しておくかを決める。比較対象を早く畳みすぎれば、読者はその欠落を最初から知らないまま先へ進んでしまう。

文: hakadoru.ai 編集部

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