うん

【うん】感動詞

使い分けの視点

うんは、公の応答の外側に残された音です。制度が「はい」を公式の返事に定めた結果、この語は茶の間や友人どうし、寝床の中の会話を引き受けました。だから小説では、敬語で話していた人物が初めてうんと返す場面が、関係の公から私への移動を説明なしで伝えます。逆に、くだけて話していた人物がはいと言い直すなら、それは緊張や成長の印になります。

同義語

同品詞の類義語

ああcolloquial
はい
ええ
おうcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

わかったcolloquial
オーケーcolloquial

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

うむ文芸的
もちろん
了解

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

茶の間エッセイ関連

例文: 茶の間の会話には、この音がよく似合う。公の応答の線引きの外側で、うんは私的な返事として育ってきた。

受話器エッセイ関連

例文: 受話器の向こうで数秒おきにうんが聞こえる。内容を運ぶためではなく、回線のこちら側に人がいることを知らせる信号だ。

「はい」の制度、「うん」の茶の間——応答の近代史

明治十七年、三遊亭円朝の人情噺『怪談牡丹灯籠』が、輸入されたばかりの速記術によって書き取られ、出版されました。高座の語りを音のまま紙に写したこの速記本は、二葉亭四迷が言文一致の文体を作るうえで参考にしたと言われています。言文一致以前の戯作や人情本にも会話は書かれていましたが、それは整えられた会話でした。録音機のない時代、速記は話し声を保存するほとんど唯一の技術だったのです。このとき起きたことの一つは、それまでの書き言葉がすくい取らなかった声——言いよどみ、あいづち、うなずきの音——が活字になり始めた、ということでした。肯定とも相槌ともつかない小さな鼻音が、印刷物の資材として登録された瞬間です。

一方で、近代国家の制度は応答の音を選別していきました。学校と軍隊は、点呼や号令への応答として「はい」を公式の音に定めます。名を呼ばれたら「はい」と返事をする訓練は、いまも小学一年生の教室で続いています。制度が「はい」を採用した結果、「うん」はその外側に残されました。茶の間、友人どうし、寝床の中の会話。公の応答と私の応答という線引きがこの過程ではっきりし、目上の人に「うん」と返すのは失礼だという現在のマナーは、その線引きの末端にあると考えられます。応答詞の使い分けは個人の癖ではなく、教育と訓練の産物なのです。

電話の普及は、この小さな声に新しい仕事を与えました。顔の見えない通話では、うなずきが相手に届きません。黙って聞いていれば「聞こえていますか」と不安にさせる。だから受話器の前の人は、頷く代わりに音を出します。数秒おきに挟まれる短い応答は、内容を運ぶためではなく、回線のこちら側に人がいることを知らせる信号です。「もしもし」という呼びかけが電話とともに生まれ育ったように、応答の音もまた技術に合わせて姿を変え、頻度を変えてきました。対面なら省略できたものが、通信の制約によって義務になったわけです。

二十世紀後半には、ラジオやテレビの対談・インタビューが、それまで私的領域の音だったくだけたあいづちを公共の電波に乗せました。整えられた朗読の日本語ではなく、生の話し言葉が音声メディアで大量に流通したことで、公私の線引きは少しずつ滲んでいきます。とはいえ、滲んだだけで消えてはいません。議会や役所の会議録がいまも発言を整文し、あいづちの類を残さないことを思えば、公的な文書の世界では線引きはむしろ制度として固定されたままです。就職活動の面接指導で応答詞の矯正がいまも行われているのも、あの線が生きている証拠でしょう。

小説の中でこの音が果たす仕事は、この百数十年の歴史の上に載っています。敬語で話していた相手にはじめて「うん」と返す場面は、関係が公から私へ渡る瞬間を、説明なしで読者に伝えます。逆に、くだけて話していた子供が改まって「はい」と言い直す場面は、緊張や成長の印になる。制度が「はい」を公式にしたからこそ、その外側の音は親密さの記号になった。応答詞一つの選択に、明治以来の線引きがそのまま埋まっています。

文: hakadoru.ai 編集部

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