照れる

【てれる】動詞

使い分けの視点

近接視点では感情名をすぐ書かず、手の行き先、視線が外れた場所、頬や耳の熱で見せます。手をどこへ逃がすかは人物の癖にもなるため、場面ごとに動作を選びます。本人に「照れる」と言わせると、感情から半歩離れて場を和らげる働きも出せます。

同義語

同品詞の類義語

恥じる
恥じらう
はにかむcolloquial
もじもじするcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

頬を赤らめる
頭をかくcolloquial
首筋をさする

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

朝焼けのような文芸的
熟柿のような文芸的
火照ったような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

ぎこちなく
もじもじとcolloquial
はにかんでcolloquial

体言的言い換え

用言を体言に変換

羞恥文芸的
赤面
面映ゆさ文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

頭を掻くcolloquial
目をそらす
にやけるcolloquial

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

手の行き先エッセイ関連

例文: 賞状を受け取った彼の手の行き先は首筋で、視線は拍手する客席から逃げた。

褒められた側の負債——名指すと解けてしまう状態について

よく書けてるね、と言われた相手が、視線を外して「いや、そんな」と言う。手が首の後ろへ行き、口元だけが少し動く。この一連の反応は、ほめられた内容を否定しているようでいて、否定していません。むしろ、ほめが届いたことの受領証として機能している。何も反応しなければ、ほめた側は自分の言葉が空振りしたと感じます。だから受け手は、内容を軽く打ち消しつつ、受け取ったことだけは示す——この二重の仕事を、一つの短い反応が同時にこなしています。

対人的なやりとりを面子の観点から扱う議論では、相手を肯定的に評価する行為は、相手の欲する自己像を支える働きを持つとされます。ただし支えられた側には、同時に負債が生まれる。受け取りっぱなしにすれば貸し借りが偏り、強く否定すれば相手の判断を否定したことになる。日本語圏の会話では、この板挟みを謙遜の定型でさばく慣行が発達しました。定型があるおかげで、その場で言葉を探さずに済む。そして定型が定型として機能するためには、言っている本人が本気で否定しているわけではないことが、双方に了解されている必要があります。

この語の面白さは、そうした場面で起きている状態を名指す語でありながら、名指した瞬間に構造が変わる点にあります。一人称で「照れている」と言うのは、言えなくはないけれど、言った時点で状態から一歩外に出ている。感情を表す語には人称による制約がしばしば見られ、内面の直接報告と、外からの観察とで形を変えることが知られています。この動詞は形の上ではどちらでも使えますが、自己申告すると、当人が自分を観察する視点を獲得したことになり、そこで照れは半分解けます。だから会話の中では、たいてい他人が名指す。

名指しは働きかけでもあります。「照れるなよ」と言うとき、話し手は相手の状態を指摘することで、その状態を解除しようとしている。ところが実際には、名指された側はいっそう反応が強くなることが多い。指摘によって、自分が見られていたという事実が上乗せされるからです。解除を意図した発話が、逆向きに作用する。語用論が扱う含みの問題の中でも、これはかなり分かりやすい例で、字面の意味と、その発話が場に生じさせる効果とが、はっきり食い違っています。

字の側から見れば、この語は「照る」と地続きです。顔が明るくなる、という身体変化を出発点に持つ語で、隠したい状態が顔面で自動的に開示されてしまうという矛盾を、語形そのものが抱えている。隠したいのに光る。この矛盾が、小説で使いやすい理由でもあります。

実作上の要点は、視点との相性です。三人称で人物を外から見ている場面なら、この一語で十分に足ります。ところが一人称や、視点人物に密着した三人称では、事情が変わる。語り手が自分について「照れた」と書いた瞬間、その語り手は自分を外から眺めていることになり、密着していたはずの距離が一段開きます。それを避けたいなら、名指さずに身体だけを書く。首の後ろへ行く手、途中で切れる返事、無意味に整えられた袖口。逆に、距離を開けたい場面では、この一語をあえて置く。視点距離を測る道具として、これほど反応の速い語は多くありません。

文: hakadoru.ai 編集部

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