吸い込まれるように

【すいこまれるように】副詞句

使い分けの視点

この副詞句は人物を主語に残したまま、動かす力を場所や音へ預けます。「引き寄せられるように」は柔らかな誘引を、「飲み込まれるように」「搦め取られるかに」は拘束や危険を強めます。必ず後続動作と組み合わせ、何へ、どの身体が動いたかを明確にします。

同義語

同品詞の類義語

引き寄せられるように
誘い込まれるかに文芸的
飲み込まれるように
搦め取られるかに文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

磁石に引かれるかに文芸的
意志に反して
目を奪われるかに文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

釘付けに
ふらりとcolloquial
魅入られるように文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

目を奪われる
心を奪われる
引き寄せられる

体言的言い換え

用言を体言に変換

磁力に似た牽引文芸的
抗えぬ誘い文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

引力に抗えず文芸的
意識を失うかに文芸的
気づけば足が向かいcolloquial

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

意志を場へ預けるエッセイ関連

例文: 主人公は意志を場へ預けるように群衆の流れへ入り、祭壇まで運ばれた。

主語を動かさずに動力だけ渡す——英訳で増えてしまうもの

英語へ移そうとすると、最初の分岐で足が止まります。be drawn into を選ぶか、as if sucked in を選ぶか。前者は受動の平叙で、実際に引かれたことになる。後者を選ぶと、as if の節は規範的な文法では仮定法を取り、事実ではないと文法が明示してしまいます。日本語の「ように」にはその区別がありません。比喩なのか、目に見えた様態の描写なのかを、形の側が決めない。訳した瞬間に、原文が言っていなかったことが一つ増える——増えた分だけ、原文の宙吊りは失われます。

構文の側にも差があります。英語は場を主語に立てられる。戸口が彼を引き込んだ、群衆が彼を呑んだ、という形が無理なく書けます。日本語で同じ語順を取ると、たいてい翻訳調に傾く。かわりに日本語が用意しているのが、人を主語の席に残したまま動力だけを場へ渡す受動です。しかもこの動詞には、対応する自動詞がありません。吸い込むに対する自動詞形が空席なので、受動以外の逃げ道が形態の側にない。選んだというより、それしかなかった構文です。しかも日本語の「れる・られる」は受身だけを担う形ではありません。可能、尊敬、そして自発。同じ形が、外から力を加えられた読みと、ひとりでにそうなった読みの両方を許します。英語の受動態にこの兼務はない。訳せば必ずどちらかに倒れるのは、そのためでもあります。

方向の担い方だけは、両言語がよく似ています。英語の draw in、suck in は、内部へという方向を in という独立の語が受け持つ。日本語も、吸うという動作に込むという補助の動詞を足して方向を作っています。どちらも方向を別の形態素に外注している。だから訳しても方向は失われません。失われるのは、誰が主語の席に座っているかという情報のほうです。対照が教えてくれるのは、たいていこの種の非対称です。同じものが両方にあるのに、載せる位置だけが違います。

そう見ると、この副詞句の役目がはっきりします。視点人物を主語の座から動かさずに、意志だけを外へ預ける装置です。一人称の語りに据わりがいいのはこのためで、三人称でも視点は人物側に固定されたまま動きません。恋でも恐怖でも好奇心でも同じ構文で運べるのは、預ける先を周囲の名詞が決めているからです。視線、音、群衆、闇、記憶。引力の正体は句の外にあり、句そのものは中身を持たない。同じ形が連体で使われるときは名詞で止められますが、副詞のこの形は必ず動詞を一つ要求します。置くたびに、何をしたのかを書かされる。

判定は書き換えで済みます。その一文を「戸口が彼を吸い込んだ」の形へ直してみて、直したほうが良く読めるなら、本当は視点を場のほうへ移したかったということです。移したくないなら、この句が正しい。あわせて回数の上限も決まります。重ねるほど、視点人物は意志を預けたままの席に置かれる。何度まで許されるかは、同じ人物が自分の足で動く場面がいくつあるかで決まります。預けた回数と、自分で決めた回数。その比が、読者の受け取る人物像そのものになる。

文: hakadoru.ai 編集部

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