包む

【つつむ】動詞

使い分けの視点

「包む」は物を覆う具体動作から、光や静寂に包まれる受身まで広がります。抽象名詞の受身は便利ですが、知覚する人物が消えやすいため、触覚や音を一つ添えます。仮名の柔らかさと漢字の輪郭も、場面の速度に合わせて選べます。

同義語

同品詞の類義語

覆う
梱包する
被覆する文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

布で巻くcolloquial
袋に収める
紙で封じる文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

繭のような文芸的
母の袖のような文芸的
毛布を掛けるような

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

すっぽりとcolloquial
ふわりと
丁寧に

体言的言い換え

用言を体言に変換

被覆文芸的
包装
外套文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

身にまとわせる文芸的
柔らかく閉じ込める
外気から遮る

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

くるむ

例文: 老婆は焼きたてのパンを布でくるむ。

主語を消せる便利さと、その請求書

長い連載の原稿を全文検索にかけると、「に包まれ」という語形が思いのほか多く並ぶことがあります。静寂に包まれ、不安に包まれ、朝の光に包まれ、甘い匂いに包まれ。どれも間違ってはいません。間違っていないのに、抜き出して並べた瞬間に、書き手の癖として見えてしまう。個々の文には何の瑕疵もないのに、束にすると弱点になる語形というものがあって、これはその典型です。なぜこの形だけが、ここまで手に馴染むのか。

理由はおそらく、この受身形が主語をひとつ消せるところにあります。誰が感じたかを書かずに、場の状態だけを立てられる。場面転換の直後、視点人物がまだ何もしていない段階で、一行だけ空気を決めておきたい——そういう需要に、この語形はちょうど当てはまります。抽象名詞をそのまま主語にできるので、静寂でも不安でも光でも匂いでも同じ型に流し込める。汎用の器なのだから、書くたびに手が伸びるのは当然でしょう。しかも一行で済むので、段落の頭に置きやすい。置きやすい場所が決まっている型は、原稿の中で自然に等間隔に並びます。

似た働きの語を横に並べると、選ばれる理由がもう一段見えてきます。覆うは上から掛かれば成立し、底や裏側までは問いません。満ちるは容器の内側が埋まることであって、外から迫ってくる感じは出ない——どちらも、対象を取り囲むところまでは求めていません。対象の全周を要求するのは、この語だけです。だから「霧に覆われた村」と「霧に包まれた村」とでは、後者のほうがわずかに逃げ場がない。静寂にも不安にも同じ器が使えるのは、全周性という性質が、安堵の側へも圧迫の側へも振れるからでしょう。心地よい語と恐ろしい語の両方を同じ助詞で受けられる動詞は、そう多くありません。手に馴染むのは偶然ではなく、語義の幾何がもともと汎用にできている。

代償は、消した主語のほうに現れます。誰の静寂なのかが書かれていないので、読者はその静けさを誰の耳で聞けばいいのか分からない。文としては成立していても、知覚の所在が空席のまま残る。これが数行おきに続くと、場面全体が、どこにも視点のない俯瞰の映像になっていきます。感情語は足りているのに人物が薄い、と指摘される原稿は、たいていこの型を多用しています。感情が書かれていないのではなく、感情を持つ場所が指定されていない。自分の原稿で確かめるなら、検索で並べた一件ごとに、直前の三行に人物の身体がどこかで出てくるかを見ればいい。手も呼吸も体温も出てこない件が半数を超えていたら、その章は視点人物ではなくカメラが書いている疑いがあります。判定に主観が入らないので、推敲の最初の一手としては扱いやすい部類です。

同じ語幹でも、複合させると席は戻ってきます。「静寂が彼を包み込んだ」と書けば、覆う側が主語に立ち、覆われる側が目的語として文の中に残る。受身にしたときに落ちたのは動作の主ではなく、知覚の主のほうでした。「彼は静寂に包まれた」と「静寂が彼を包み込んだ」は、述べている事態としてはほとんど変わりませんが、後者は誰の耳かを明示せずに済ませることができない。一文のどこかで人物を必ず一度通す、という違いだけがあります。構文ごと捨てなくてよいのは、この抜け道が用意されているからです。ただし複合形は音が重く、続けて置くと今度は文の運びが鈍ります。

ただ、消すこと自体が悪いわけではありません。ここは押さえておきたいところです。災害の場面、群衆の場面、あるいは視点人物が意識を失う直前など、知覚の主が溶けていくことを書きたい場面では、この型のほうがむしろ正確でしょう。主語のない状態を、主語のない構文で書いているのだから噛み合っている。祝儀の金銭を「包む」と言うときの用法も同じ方向で、誰がいくら出したかを表に出さないための言い方です。この語には、主体を隠すことに向いた歴史がある。問題は型そのものより、便利さに任せて選択を省いたときに起きます。

処方は二つに絞れます。ひとつは、包むものを抽象名詞から物体へ戻すこと。静寂ではなく、閉め切った窓と止まった柱時計に置き換える。もうひとつは、包まれる側に触覚をひとつ与えること。毛布の重み、首筋に当たる湯気、指先だけが冷たいままであること。どちらも足すのは一行ぶんですが、それだけで知覚の席が埋まります。便利な構文を捨てる必要はありません。使うたびに一度だけ、消した主語を別の場所で払い戻しておく。この語に関しては、それが手垢を落とす最短の手続きだと思います。

文: hakadoru.ai 編集部

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