渋い

【しぶい】形容詞

使い分けの視点

味覚の不快、難色を示す表情、控えめな美への称賛を文脈で切り替えます。「苦い」「えぐい」は舌の刺激、「仏頂面」は人相、「燻し銀」は時間を経た技能への褒めです。肯定の含みは語だけで決まらないため、台詞なら聞き手の反応も添えます。

同義語

同品詞の類義語

苦い
えぐいcolloquial
硬派な

類義句

同品詞の慣用的言い換え

苦虫を噛み潰したような文芸的
舌が縮まる
通好みのcolloquial

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

墨を含んだような文芸的
古木のような文芸的
柿の渋みのような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

むっつりと
ぴりりとcolloquial
無愛想に

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

顔をしかめる
眉根を寄せる文芸的
難色を示す

体言的言い換え

用言を体言に変換

渋面文芸的
苦渋文芸的
仏頂面colloquial

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

燻し銀の文芸的
地味ながら味のある
貫禄のある

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

場が作る褒めエッセイ関連

例文: 若者の古い選曲に向けた一言は、場が作る褒めとして届いた。

褒めたのか、そうでないのか——味覚語が評価に転じるとき

喫茶店で品書きの端にあった一杯を頼んだだけなのに、同席者から「渋いですね」と言われて、一瞬どう返すか迷う。そういう経験には覚えがあるはずです。字義だけを取れば、これは口の中が締めつけられる不快な味覚を指す語です。ところがその場で伝わっているのは、たいてい肯定的な評価か、少なくとも敬意を含んだ驚きのほうです。字義と伝達内容が一致していない。この落差そのものが、この語のいちばん面白い性質です。

味覚の語が評価語に転用される例は珍しくありません。甘い、辛い、あくが強い、いずれも味覚から人の性質や作品の質へ移っています。ただし多くは意味の方向が保存される。甘い判断は好ましくないし、辛い採点は厳しい。ところがこの語だけは、不快な味覚から出発して、肯定的な評価に着地している。ここで反転を担っているのは語の意味ではなく、発話の場です。強い刺激ではなく後に残る手応え、万人受けしないが分かる人には分かる、という含みが、字義の「不快さ」を経由して立ち上がる。回り道をしているからこそ、直接的な賞賛より押しつけがましくない。間接的な言い方が丁寧さを生むのは、この語に限った話ではありません。

その含みが本当に語の意味ではなく場が作っているものだという証拠は、打ち消しができる点にあります。「渋いね、いや悪い意味じゃなくて」と続けても矛盾になりません。逆に「渋い、つまり味覚として不快だ」と言い直すこともできる。含みが後から取り消せるということは、それが語に固定的に貼り付いた意味ではなく、その場で計算されたものだということです。だから相手と場面が変われば結果も変わる。二十代が選んだ品への「渋い」は褒めに傾き、同年配どうしの趣味に向けられた同じ一語は、しばしば軽い揶揄になる。年齢差という文脈変数が、同じ音から別の伝達内容を引き出しているわけです。

さらに、隣に来る名詞が変わると含みは消えます。「渋い顔」の場合、そこに賞賛の余地はほとんどない。不快さがそのまま表情に貼り付いて、字義に近い側へ戻る。動詞形の「渋る」も同様で、支払いを渋る、返事を渋るには肯定的な余韻がない。つまり評価語としての用法は、この語のごく一部の環境でしか起動しません。同じ形の語がいくつも並んでいるのではなく、一つの語が環境ごとに別の解釈を選び取っている——語用論が扱うのは、この選び取りの手続きのほうです。

小説で使うなら、この語は台詞に置くのが本筋になります。人物が誰かの持ち物や選択をそう評したとき、読者が受け取るのは対象の情報より、二人の関係の情報です。年齢差があるのか、片方が片方を測っているのか、親しさが敬語をどこまで崩しているのか。地の文で語り手が対象をそう形容しても、含みを支える聞き手がいないので、単なる主観の表明に痩せる。含みは話し手と聞き手のあいだにしか生じない。だから、褒めたのかどうか分からない一言を書きたいときは、それを聞いた側の沈黙を一行だけ添えれば足ります。

文: hakadoru.ai 編集部

エディタで直接置換して執筆を加速

SaaS エディタではシソーラスの結果をワンクリックで本文に反映できます

無料で始める →