息を呑むような

【いきをのむような】形容詞句

使い分けの視点

「息を呑むような」は長い連体修飾で、名詞に届くまで驚きの予感を保ちます。「圧倒的な」は力の差を、「凄まじい」は激しさを直接告げ、「夢のような」「現実離れした」は現実感の薄さを帯びます。強い修飾を重ねると焦点が散るため、何に驚いたのかを一つに定め、名詞のあとの身体反応で像を受け止めます。

同義語

同品詞の類義語

圧倒的な
驚嘆すべき文芸的
凄まじい
目を瞠る文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

心を鷲掴みにする
言葉を失わせる
凍りつかせるほどの文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

雷に打たれたような文芸的
夢のような
現実離れした

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

圧倒的に
言葉を失うほど

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

声を奪う文芸的
見惚れさせる

体言的言い換え

用言を体言に変換

目を奪う絶景文芸的
驚嘆の景観文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

声も出ないほどの
立ち尽くすしかない
胸が押し潰されるような文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

八歩先で現れる滝エッセイ関連

例文: 八歩先で現れる滝の轟音だけが先に届き、旅人は細い洞道を慎重に進んだ。

八拍の遅延——名詞に届くまでに読者が歩かされる距離

この修飾句を頭から読むと、被修飾語にたどり着くまでに八つの拍を通過します。い・き・を・の・む・よ・う・な。日本語は修飾が前、名詞が後という語順を取るので、読者はこの八拍のあいだ、何について語られているのかを知らないまま待たされることになる。待たされること自体は悪ではありません。むしろ待たせてから明かすのが連体修飾の効き目です。問題は、八拍という長さがその効き目を出すのに足りているかどうかです。

比較のために、隣の形式を並べてみます。「息を呑むほどの」も同じ八拍。単独の形容詞なら三拍から五拍程度。一方、節を含む長い連体修飾は二十拍を超えることも珍しくありません。八拍は、その中間にあたる。短くはないが、待たせて溜めるほどでもない。読者の注意を保留させる装置としては中途半端な位置にいて、だから多用すると、遅延だけが積み重なって効果が残らない、という状態になりやすい。しかも、この長さは文の骨格を変えるほどではないので、書き手の側からも重さが見えにくい。気づかないうちに増えていく種類の負荷です。

計量文体論の側から見ると、別の問題が現れます。語彙密度を測るとき、分母になるのは総語数です。形態素解析にかければ、この句は「息/を/呑む/よう/な」と五つほどに分割される。数字の上では五語ぶんの重みを持ちますが、読者にとっては意味のまとまりがひとつあるだけです。慣用的な結びつきは、形式上の語数と情報上の単位数を乖離させる。この種の定型を多く含む文章は、語数を数えるかぎり豊かに見えて、実際に運ばれている情報は薄い、ということが起こり得ます。内容語の比率で密度を測る手法も、慣用句の内部にある動詞や名詞を内容語として数えてしまう以上、同じ罠を踏みます。

ただ、この見方には反論が立ちます。読者は形態素で読んでいません。使い慣れた連鎖は、ひとまとまりとして素早く処理されると考えられています。だとすれば八拍の遅延は、体感上もっと短い。統計が測っている長さと、読者が感じている長さがずれている——このずれを無視して語数だけを削ると、文章はかえって窮屈になります。数えることで見えるものと、数えても見えないものが、ここでは分かれている。定型を減らせば密度は上がりますが、上がった密度が読みやすさに結びつくとは限らない。

では何を数えれば実務の役に立つのか。ひとつの目安は、一文の中にこの種の定型的な修飾がいくつ入っているかです。ふたつ以上並ぶと、名詞に到達するまでの遅延が加算され、しかも遅延の質が同じなので、読者はリズムの単調さとして受け取ります。もうひとつは、一段落あたりの出現回数。同じ形式が二度出れば、二度目は装飾として認識され、対象への注意はむしろ減る。文長分布を整えるという発想は、平均を揃えることではなく、こうした偏りを見つけて散らすことに近い。数えるのは、削るためではなく、どこに寄っているかを知るためです。そして偏りが見つかったとき、直すべきは多くの場合その句ではなく、同じ働きの句が近くにもうひとつある、という配置のほうでしょう。

文: hakadoru.ai 編集部

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