庇う

【かばう】動詞

使い分けの視点

瞬間的に守るなら「庇う」、公的な主張には「擁護する」、継続的な保護には「庇護する」が合います。「肩を持つ」「かばい立てする」は第三者の非難を帯び、盾や身代わりの比喩は事件規模を大きくします。誰の評価で行為を呼ぶかを分けます。

同義語

同品詞の類義語

擁護する文芸的
庇護する文芸的
かばい立てするcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

盾となる文芸的
身代わりになる
肩を持つcolloquial

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

親鳥のような文芸的
傘を差し出すような
翼で覆うような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

とっさにcolloquial
身を挺して文芸的
精一杯

体言的言い換え

用言を体言に変換

擁護文芸的
身代わり
肩入れcolloquial

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

抱え込む
前に立ちはだかる文芸的
フォローするcolloquial

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

呼び方の層エッセイ関連

例文: 同じ救出を新聞は擁護、兵士は庇ったと記し、呼び方の層が評価を分けた。

足を引きずる人と、書面の中の同じ行為

捻挫した足で歩くと、痛む側に体重を乗せない歩き方になります。医療やリハビリの現場では、この状態を患部をかばう、と表現する。ここでの意味は守るというより、荷重を避けることです。意志も感情も含まれていない。反射に近い調整を指しているだけで、褒めも貶しもない記述です。ところが同じ動詞が、法廷や報道の文脈に置かれた途端、まったく別の重さを帯びる。誰かが誰かをかばった、と書かれれば、そこには利害と責任の分配が読み込まれます。

位相の地図を描いてみると、少なくとも三つの層があります。中央にあるのが和語の層で、身体と個人に密着している。主語は生身の人間で、動作は瞬間的です。その上に漢語の層があり、擁護する、庇護する、といった語が並ぶ。——ここでは主語に組織や制度、公的な立場が立ちやすく、行為は記録される対象になります。声明を出す、報告書に載せる、といった動作と結びつき、時間の幅も長い。和語が一秒の動作を指せるのに対し、漢語のほうは数か月にわたる態度を指せる。目的語の取り方にも差が出ます。和語のほうは人だけでなく身体の部位も取れる。膝をかばう、と言えても、膝を擁護する、とは言えない。逆に漢語のほうは制度や権利を取れる。表現の自由を擁護する、と言えても、そこに和語を代入すると座りが悪くなります。

三つめは、横にずれた俗の層です。肩を持つ、がここに入ります。これは中立ではなく、評価が最初から埋め込まれている。第三者が非難的に、あるいは冷やかしながら指すときの言い方で、話者が当事者の外側にいることを前提にしています。かばい立てする、も似た性質を持ち、接尾の立てが行為の過剰さを含意する。同じ一つの行為が、層を移動するだけで、荷重の回避から制度的な行為へ、さらに非難の対象へと色を変えていくわけです。

かばい立てのような語形は、現代の日常会話ではあまり耳にしません。時代小説や、やや古い翻訳の台詞の中で生き残っている。断定はしにくいのですが、少なくとも位相の標識としては機能していて、置くだけで話者の年齢や身分の印象が動きます。語彙の古さは、意味を変えないまま話者の像だけを変える——役割語と呼ばれる現象の、控えめな一例です。盾となる、身代わりになる、といった言い回しも同様に、日常会話より講談や物語の側に寄っています。これらは行為の劇的な大きさを前提にしていて、書類の不備を黙って直してやる程度の場面に使うと、明らかに過剰になる。位相の差は、丁寧さや古さだけでなく、想定される事件の規模の差でもあるわけです。

実務に落とすとこうなります。ある人物が別の人物を守る場面を書くとき、地の文と台詞と作中の書面で語を変えると、それだけで対立の構造が見えるようになる。語り手はかばった、と書く。相手方の人物は、あいつの肩を持つのか、と言う。処分の通知には擁護という語が使われる。一つの行為に三つの名前がつき、名前ごとに評価が違う状態が紙の上に並ぶ。人物同士が対立しているのではなく、行為をどの層で呼ぶかをめぐって対立している——そういう場面は、説明を足さずに語彙の配置だけで示せます。

文: hakadoru.ai 編集部

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