呪い

【のろい】名詞

使い分けの視点

原因を特定できる害なら「呪詛」、土地や血筋へ残る因果なら「祟り」「因縁」、個人を越えて不利益を再生産する仕組みなら「負の遺産」が効きます。解く相手の有無を先に決め、怪異として終えるか構造の認識へ進むかを選びます。

同義語

同品詞の類義語

祟り文芸的
呪詛文芸的
災厄文芸的
怨念文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

負の遺産
血に刻まれた業文芸的
見えざる糸文芸的

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

影のように纏わる文芸的
鎖のような因縁
雫のような宿命文芸的

動詞的言い換え

形容詞・副詞を動詞句に変換

縛りつける
取り憑く
黒い影を落とす文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

文芸的
因縁文芸的
宿命文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

構造としての呪いエッセイ関連

例文: 誰も望まない貧困の連鎖を、研究者は構造としての呪いと呼んだ。

条文から落ちたもの——罰されなくなった後の行方

明治以降の法典を順に繰っていくと、ある種の罪が途中で消えているのに気づきます。古代の律令には蠱毒や厭魅を罰する規定があり、人を呪うことは処断の対象でした。近代に整備された刑法には、それに対応する条文がありません。国家が「効かないもの」を罰の一覧から外したのだ、と言ってしまえば話は早い。けれども条文が消えることと、人がそれを信じなくなることは、まったく別の速度で進みます。法典から落ちたのは、呪術に実効性があるという公的な承認であって、恐れそのものではありませんでした。ここで少し引っかかります。罰の対象でなくなった行為は、たいてい社会の関心からも遠ざかるはずなのに、この語はその後むしろ使用範囲を広げていくからです。

もっとも、近代の法学がこの主題を完全に手放したわけではありません。刑法の教科書には、条文の外側でこれを扱う項目があります。不能犯です。結果が生じる現実的な可能性のまったくない手段で人を害そうとした場合、その行為は未遂としても罰されない。藁人形に釘を打って人を殺そうとした者は殺人未遂にならない——法学ではこれを迷信犯と呼び、不能犯を説明するときの定番の例として繰り返し挙げてきました。注意したいのは、ここで述べられているのが手段についての判断だけだという点です。効果がないから処罰の必要がない。裏返せば、法はその行為に込められた敵意そのものについては何も述べていない。条文が黙ったのは効き目の有無に関してであって、向けられた側が感じる恐怖は、はじめから管轄の外にありました。制度が手を引いた領域は空白になるのではなく、たいてい別の担い手へ渡されます。

罰されなくなった行為は、法の言葉ではなく別の言葉で語られはじめます。近代の日本語で残った用法を見ると、この語はしだいに「誰かが誰かにかけるもの」から「ある家系や土地に付随して離れないもの」へ重心を移していきます。加害者を特定できる出来事から、原因を辿れない状態へ。犯人がいる話は法が扱えますが、犯人がいない不運は法が扱えない。制度の網の目からこぼれた領域を引き受けるために、語のほうが形を変えたのだと考えることもできます。もっとも、これは後から見て筋を通しただけかもしれない。語の変化は制度に整然と対応するほど従順ではありません。

同じ時期に、原因を問わずに損失だけを処理する制度も整えられました。生命保険の会社が明治のうちに設立され、火災や海難の損害も証券によって多数の契約者へ分配されるようになります。保険が扱うのは、誰のせいでもない不運です。悪いのは誰かを決めないまま、起きた損失を数え、あらかじめ集めておいた金を配る。原因の探索を制度として放棄することで運用が成り立つ仕組みだ、と言い換えてもいい。呪いという語が名指してきた領域と、保険が引き受けた領域は、扱う出来事の種類だけを見ればかなり重なっています。異なるのは応じ方のほうです。片方は補償で応じ、もう片方は説明で応じる。金銭で埋めきれない部分が残るかぎり、説明を求める語のほうも生き延びる余地があります。

思考が動き出すのは、二十世紀の後半にこの語が経済学の術語として現れるのを見たときです。資源の呪い——天然資源に恵まれた国が、かえって長期的な経済成長で苦しむ傾向を指す語。あるいは勝者の呪い——競売で最も高い額を付けて落札した者が、その価値を過大評価していたために損をしやすいという現象。どちらも超自然的な力を含みません。共通するのは、個々の判断がそれぞれ合理的であるにもかかわらず、その集積が当事者を不利へ運ぶという構造です。誰も呪っていないのに、呪われたとしか言いようのない結果になる。近代がこの語を捨てなかった理由は、たぶんここにあります。

創作の側に引き寄せると、選択は二つに割れます。この語を「誰かがかけたもの」として書けば、物語は原因の探索へ向かい、かけた者を見つけて解けば終わります。構造の名として書けば、解除する相手がいないぶん、逃げ場のない話になる。前者は解決の快をもたらし、後者は認識の重みをもたらす。どちらが優れているという話ではなく、書き出しの一行でどちらを選んだかが最後まで効いてくる、という話です。祖父の代の失敗が孫の職業選択を狭めている——それを超自然として書くか、資本と評判の再生産として書くかで、同じ出来事がまったく違う長さの影を落とします。

文: hakadoru.ai 編集部

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