とはいえ

【とはいえ】接続詞

使い分けの視点

「しかしながら」は硬い反論、「ただし」は条件の限定です。「そうはいっても」「そうは言うものの」は前言を認めつつ現実的な抵抗を示し、「もっとも」は後から例外を添えます。「ただ」は短く制約を置き、「まあ」は口語で不満を弱めながら受け入れる形です。

同義語

同品詞の類義語

しかしながら文芸的
ただし
そうはいってもcolloquial
もっとも

類義句

同品詞の慣用的言い換え

そうとはいえ文芸的
そうは言うものの

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

ただ
もっとも
まあcolloquial

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

前言を引き取るエッセイ関連

例文: 参謀は敵将の理屈を認めて前言を引き取ると、そのうえで村を守る別案を示した。

一礼して反論するエッセイ関連

例文: 若い外交官は一礼して反論する態度を崩さず、相手国の事情を認めたまま国境封鎖の解除を求めた。

接続詞に埋まった動詞——「と・は・言え」解剖記

時計職人が裏蓋を開けるように、接続詞をひとつ、部品まで分解してみます。「とはいえ」は三つに割れます。引用の助詞「と」、取り立ての「は」、そして動詞「言う」の活用形「いえ」です。最後の部品が肝心です。この「いえ」は命令形と同じ顔をしていますが、誰かに命令しているわけではありません。文語の逆接表現「と言へども」から後部の「ども」が落ちた形と考えられています。つまりこの小さな接続詞の内部には、動詞が一本、まるごと埋まっています。ふだん誰も意識しませんが、蓋を開ければ歯車は千年前のまま噛み合っています。

文語では動詞の已然形に「ども」を付けて逆接を作りました。「行けども」は行くけれども、「思へども」は思うけれども、「と言へども」なら「そうは言うけれども」です。ここから「ども」が脱落し、歴史的仮名遣いの「言へ」が現代の表記で「言え」となって、いまの形ができたとされます。脱落前の姿も死んではいません。「といえども」という形で現代語に並走しています。「老いたりといえども」のような言い回しに残るこちらは文語の香りが強く、法律の条文や論説の文体に好まれます。一方、後部を捨てた身軽なほうは日常会話にまで降りてきました。同じ親から出て、片方だけが普段着になった勘定です。

視野を広げると、発話動詞を抱えた接続表現が一族をなしていることに気づきます。「とはいうものの」「そうはいっても」「というのも」「いわば」「いってみれば」と、どれも「言う」の痕跡を内蔵しています。文と文をつなぐ道具に、なぜわざわざ発話の動詞が要るのでしょうか。考えていくと、引用の「と」の働きに行き当たります。「と」は直前の文全体を、ひとつの発言としてまるごと引き取る装置です。前の文をいったん「いま誰かがそう言った」ことにしてから、それに対する構えを表明します。接続とはまず受信の確認である——この語族の設計思想は、そう要約できます。

意味の効き方にも、この来歴は痕跡を残しています。「しかし」「だが」が前言を正面から切り返すのに対し、この語は一拍置きます。前言をいったん正しいと認める身振り、文法用語で言えば譲歩を経てから、反転します。「彼の言い分はもっともだ。とはいえ、締切は動かない」と書いたとき、「もっともだ」という承認は反転のあとも取り消されずに残っています。読者は締切の動かなさと同時に、彼の言い分の正しさも受け取ります。反論の内容が同じでも、斬る前に一礼するかどうかの差は、文章の印象を確実に変えます。

語源が現在の意味を縛るわけではありません。ただ、所作は残る。地の文でこの語を選ぶたび、語り手は相手の言い分を一度引き取ってから返す人物——反論のたびに公平さを示せる語り手——に見えてきます。強引な論の運びを和らげたいとき、あるいは登場人物に、敵の理屈を認めさせながらなお退路を断たせたいとき、この一語は千年分の一礼を肩代わりしてくれます。「と言へども」の身振りは、いまも文章の中で静かに動いています。

文: hakadoru.ai 編集部

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