明治の論説文をめくると、逆接の座は「然るに」が占めています。漢文訓読の呼吸を引く硬い語で、前提を述べ、然るに、と転じて主張を立てる——議論のための蝶番であって、そこに書き手の感情は乗っていません。言文一致運動が進み、話し言葉が地の文へ流れ込むにつれて、この蝶番の座には口語の逆接が入れ替わりで座っていきます。「しかし」「ところが」、そして「それなのに」。並べてみると、最後の一語だけ、温度が違う。
「しかし」は論理の逆接です。前件と後件が食い違うことを示すだけで、話し手がその食い違いをどう感じているかは語りません。「それなのに」は違います。この語を使った瞬間、前件は単なる事実ではなく「当然こうなるはずだった根拠」に変わり、後件はその期待への裏切りとして提示されます。雨が降った、しかし出かけた——これは記述です。あんなに尽くした、それなのに——これは訴えです。文法書はどちらも逆接と呼びますが、後者には申し立ての身振りが組み込まれています。
近代の文学がこの語を必要としたのは、内面を書く文学だったからだと考えられます。告白体や書簡体の小説、私小説の系譜において、語り手は出来事を報告するのではなく、出来事に対する自分の収支を訴えます。期待し、裏切られ、それでも捨てられないという収支です。この報告に「然るに」は使えません。感情を帯びた逆接は、内面描写という近代の発明と組になって散文の前面に出てきた、と見ることができます。歌謡曲の詞で「なのに」が繰り返し歌われてきたのも、同じ需要の延長線上にあるでしょう。
同じ転換でも、「ところが」との違いは語り手の立ち位置に出ます。昔話の語り口を思い浮かべると、「ところが」は出来事の急転を告げる語で、語り手は驚きを聴き手と共有こそすれ、被害者の側には立ちません。裏切られたのは登場人物であって、語り手ではないからです。「それなのに」を地の文に置いた瞬間、語り手は被害の当事者か、少なくとも当事者の代弁人になります。物語の転換点で、驚きだけを渡すのか、恨みまで渡すのか。語り手の距離の取り方が、逆接一語の選択に集約されるのです。
縮約形の「なのに」は、さらに一歩、話し言葉に寄った形です。文頭の「それ」を落とすことで、指す相手、つまり裏切られた期待の中身を明示する手間さえ省いてしまいます。何に裏切られたかは言わなくても分かるはずだ、という甘えの文法がそこにあります。逆に「そうであるのに」まで引き延ばせば、恨みの色は薄まり、硬質な留保に近づきます。古風な響きの「だのに」を選べば、同じ恨み言に世代の色がつきます。語形の長さと硬さの選択が、そのまま感情の濃度と時代の選択になっているわけです。
書き手にとっての注意点は、この語が一人称の武器だということです。三人称の地の文が客観を装っているところに、それなのに、が紛れ込むと、語り手が急に当事者の肩を持ち始めたように読めます。視点の統制が問われる語であり、裏返せば、視点を意図的に溶かしたい場面では強力な信号になります。自由間接話法で人物の内心へ地の文を明け渡す瞬間、この一語は、宣言なしに視点が移ったことを読者に知らせてくれます。