だが

【だが】接続詞

使い分けの視点

「だが」は、前文を受けた直後に向きを変える、硬く乾いた逆接です。同じ対立でも、しかしは説明へ、でもは会話へ寄りやすく、この語は短い地の文や硬質な一人称に映えます。後件には補足ではなく、予想や評価を本当に覆す情報を置いてください。逆接の種類より、語り手の声を選ぶ意識が大切です。

同義語

同品詞の類義語

しかし
けれども
でもcolloquial
されど文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

ところが
それでも
とはいえ文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

とはいうものの文芸的
しかれども文芸的
それにもかかわらず文芸的

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語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

声の指定エッセイ関連

例文: 接続詞は声の指定だ、と翻訳者は余白に書き、若い語り手の「しかし」を「だが」へ戻した。

文頭の断裂エッセイ関連

例文: 文頭の断裂が必要だと編集者は判断した。長い弁明の次の頁は、「だが」の二拍だけで開いた。

butは一枚、逆接は何枚——接続詞が背負う声の翻訳

ドイツ語には「しかし」が二枚あります。単なる対立を示す aber と、否定を受けて「そうではなくて」と訂正する sondern。彼は医者ではなく教師だ、と言うときは必ず sondern を使い、aber で代用すると文法的な誤りになります。英語はこの二枚を but 一枚で賄う。スペイン語は pero と sino で再び二枚に分ける。逆接という同じ布を、言語ごとに違う位置で裁っているわけです。

日本語の裁ち方は独特で、意味ではなく文体で切ります。逆接の接続詞はきわめて数が多いのに、論理的な意味の差はごくわずかで、実際に分担しているのは、書き言葉か話し言葉か、文頭に立つか文中に食い込むか、硬いか柔らかいか、という文体の目盛りです。だが はその目盛りの上で、常体の書き言葉、それも地の文寄りの位置を占めています。英語から日本語への翻訳とは、原文で but 一枚に畳まれていた対立を、この目盛りに沿って配り直す作業にほかなりません。

逆の方向では、情報が消えます。だが で始まる乾いた段落も、でもさ と崩れた台詞も、英訳すればおおむね but か yet に着地し、接続詞が背負っていた文体の分は落ちてしまう。位置の自由度も言語によって違います。英語の but は節の頭に固定されますが、however は文中にも移動できる副詞で、though には文末に置いて余韻として響かせる用法があります。彼は来た、けどね、と言うときの文末の けど がこれに近い。一方でこの語は文頭専用で、文中に食い込むことも文末に回ることもできません。対立を文のどの位置で告げるか——冒頭で宣言するか、途中で滑り込ませるか、言い終えてから付け足すか——という選択肢の束そのものが、言語ごとに違う形で用意されているのです。

文頭の だが には、翻訳がもたらしたとされる歴史の襞もあります。センテンスを短く切り、接続詞を文頭に立てて畳みかける文体は、英米の散文、とりわけ簡潔を旨とする小説の翻訳を通じて日本語の地の文に広まった面があると論じられてきました。二拍で断ち切る短さが、短文を重ねる律動と噛み合う。今では翻訳臭どころか、日本語の硬質な一人称の語りの標準装備になっています。輸入品が土着化した例と言えます。

翻訳者の側から見ると、逆接語の選択は語り手の人格の設計です。同じ原文でも、逆接を だが で受ける訳文と けれど で受ける訳文では、語り手の年齢の印象も温度も変わる。原文にその指定はありません。ないままでは日本語が書けないので、翻訳者は決めるしかない。翻訳とは原文にない情報を足す作業でもある、ということが、接続詞ひとつの水準で既に起きています。小説を書く側にとっての教訓も同じ場所にあります。逆接の接続詞を選ぶことは、論理関係の指定ではなく、声の指定である。この二拍を書くたびに、語りは少し乾き、少し硬くなる。その効果を意図して使っているか、惰性で使っているか。その選択が三百ページ分積み重なれば、文体の背骨に差が生まれます。

文: hakadoru.ai 編集部

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