うえっ

【うえっ】感動詞

使い分けの視点

嫌悪の表情は万国共通ですが、そのとき漏れる声は言語ごとに別の形に結晶します。この語の周りには、吐き気への近さで並ぶ細かい勾配があって、仮名一、二文字の違いで胃の内容物までの距離が刻まれています。声を選ぶときは、まず身体の深さを決め、それから表記を決める。声ひとつで胃までの距離を書き分けられるのは、この言語の強みです。

同義語

同品詞の類義語

おえっcolloquial
げっcolloquial
うっ
むぐcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

顔をしかめて
口元を押さえて文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

うへcolloquial
おやおや文芸的
んぐ

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

げんなりエッセイ関連

例文: げんなり、と調査員は三件目の聞き込み先を出た。どの証言も、半分だけ同じだった。

嫌悪エッセイ関連

例文: 嫌悪は声より先に顔に出る。通訳はその順番を知っていて、表情のほうから訳し始めた。

吐き気は万国共通、その声は別——嫌悪の間投詞を訳す

ダーウィンは表情に関する著作のなかで、嫌悪の表現——鼻に皺を寄せ、上唇を持ち上げる——が文化を越えて広く見られることを論じました。口に入れたものを吐き出す動作の名残という説明で、のちの感情研究でも、嫌悪は文化を問わず認められる基本感情の一つに数えられています。表情の型がはっきりしていて、写真からの判別もされやすい感情だと報告されてきました。顔は万国共通。ところが、そのとき漏れる声を文字に写したとたん、話は言語ごとにばらばらになります。

英語なら ugh や yuck、比較的新しい ew。ドイツ語には igitt があり、フランス語では beurk と綴られます。どれも「吐き気を催したときの声」を写した語ですが、音形は驚くほど揃っていません。生理現象そのものは共通でも、それを写し取る文字列は、各言語の音韻体系と綴字習慣というフィルターを通るため、別々の形に結晶する。例はまだ足せますが、足せば足すほど、ばらつきのほうが際立ちます。擬音・擬声の語は自然音の録音ではなく、各言語による翻案である——嫌悪の間投詞は、その事実のわかりやすい標本です。

日本語の側の事情を見ると、この語の周りには、吐き気への近さで並ぶ細かい勾配があります。実際に戻しそうな声、げんなりした声、軽い拒否反応の声。仮名一、二文字の違いで、胃の内容物までの距離が刻まれている。翻訳者が苦労するのはここです。たとえば英語の ew は若者言葉の色が濃く、ugh は疲労や辟易にも使える広い語だとされます。日本語の勾配と英語の勾配は目盛りの切り方が違うので、一対一の対応表は原理的に作れません。訳すたびに、場面の文脈から吐き気の度合いと話者の口調の色を読み取って、目盛りを掛け替えることになります。逆向きでも同じで、英語小説の ugh を一律に同じ声へ置き換えると、原文では場面ごとに違っていた生理の度合いが均されてしまう。間投詞の翻訳は語の置き換えというより、身体状態の再診断に近い作業なのです。

漫画の翻訳では、この掛け替えが毎ページ発生します。描き文字の擬音をどう処理するかは版元や時代によって方針が分かれ、絵の一部として残して欄外に訳注を付ける方式も、描き文字ごと差し替える方式もある。台詞内の間投詞は訳語に置き換えるのが普通ですが、そこで選ばれた一語が、そのキャラクターの声の印象を決めてしまいます。原文では年齢の色が薄かった人物が、訳語の選択ひとつで急に若く聞こえたりするわけです。映像の字幕では、表示できる文字数の制約から間投詞は削られやすく、処理を俳優の表情や声の演技に委ねる判断も珍しくありません。

翻訳の難所は、しばしば「その言語が何を区別しているか」を照らし出します。吐き気の声に数段階の目盛りを用意した日本語と、守備範囲の広い少数の語で受ける英語。どちらが豊かという話ではなく、分節の癖が違うだけです。ただ、日本語で書く者としては、この目盛りの細かさを使わない手はありません。声ひとつで胃までの距離を書き分けられる言語は、そう多くないのですから。

文: hakadoru.ai 編集部

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