ううっ

【ううっ】感動詞

使い分けの視点

ううっは、一個の単語ではなく族の代表です。書き手は感極まったぶんだけウを重ねてよく、読者はウが一つ増えるごとに、堪えた時間が引き延ばされたと正確に読み取ります。繰り返し部分が持続を担い、末尾の小さいツが中断を担う。機械にとっては中身の薄い冗長性が、人間の読み手にとっては感情の帯域になっている声です。

同義語

同品詞の類義語

うっ
ぐっ
あぁ文芸的
うぐっcolloquial

類義句

同品詞の慣用的言い換え

声を詰まらせる文芸的
息が詰まる

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

ぐすんcolloquial
ううむ文芸的
ぐぬぬcolloquial

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

うううっエッセイ関連

例文: うううっ、と若い漁師は濡れた網を肩に掛け直し、大波が去るまで甲板で踏ん張り続けた。

促音エッセイ関連

例文: 促音で止まった声のあと、病室には機械の音だけが戻ってきた。

う+っ——正規表現が捉える呻きの族

う+っ。正規表現でこう書くと、「うっ」「ううっ」「うううっ」……と、ウの繰り返しに小さいツが続く文字列のすべてに一致します。つまりこの見出し語は、一個の孤立した単語というより、無限に続く族の代表としてここに立っている。書き手は感極まった分だけ、ウを好きなだけ重ねてよい。計算機科学の言葉で言えば、この呻き声は有限の語彙ではなく、ごく単純な規則が生成する正規言語であって、族の全員をあらかじめ辞書に載せておくことは定義からして不可能です。

この性質は、テキストを機械で扱う場面に独特の困りごとを持ち込みます。形態素解析——文を単語に切り分けて品詞を推定する処理——は、辞書に載った語形との照合を基礎にしていますが、繰り返しで際限なく変形する感動詞を全部載せることはできません。辞書にない字面は未知語として処理されるため、解析器や設定によって、感動詞と正しく認められたり、断片に切り刻まれたりと、扱いが揺れやすいのです。整った文の上では安定して動く道具が、呻き声の前では急に頼りなくなる。会話文と間投詞の多いウェブ小説は、この不安定さの影響をいちばん受けやすいジャンルだと言えます。

全文検索の側では、n-gram という力技がこの問題を回避します。文字列を二文字ずつの窓でずらしながら切り出して索引を作る方式で、単語の切れ目を知らなくても検索が成立する。ただし「うう」という二文字の組は、ウの二連続にも三連続にも四連続にも含まれますから、検索結果は族の全員をまとめて拾い上げることになります。区別したければ後段で絞り込むしかありません。単語という単位を前提にした仕組みほどこの語族と相性が悪い、という構図は一貫しています。

編集距離という物差しも当ててみましょう。二つの文字列のあいだで、挿入・削除・置換が最低何回必要かを数える尺度です。ウ二つの形とウ三つの形の距離は 1、ウ四つの形とは 2。族の成員はみな一文字刻みの近さで並んでいて、綴りの上ではほとんど同一です。それでも読者は、ウが一個増えるごとに、堪えている時間が引き延ばされたことを正確に読み取ります。データ圧縮の目で見ると、同じ文字の繰り返しは最も御しやすい冗長性で、「同じ字が n 個」と数え上げる方式の符号化だけで縮んでしまう。機械にとって中身の薄いその冗長さが、読み手にとっては、堪えた時間という別チャンネルの情報を運んでいる。機械が捨てる冗長性を、人間は感情の帯域として使っているわけです。

小さいツで閉じることの意味も、この視点から言い直せます。正規表現の記法で言えば、繰り返しを許す部分と、必ず一度だけ現れる末尾とに、族の構造は分かれています。どの成員も、可変長の持続のあとに固定長の中断が来る形をしている。繰り返し部分が持続を、末尾の一文字が中断を担うという分業が、一文字単位で読み取れるわけです。機械にとっては扱いにくいこの語族が、人間の読み手にとっては驚くほど形式的に——ほとんど計算機的に——組み立てられているのは、愉快な逆転だと思います。

文: hakadoru.ai 編集部

エディタで直接置換して執筆を加速

SaaS エディタではシソーラスの結果をワンクリックで本文に反映できます

無料で始める →