人に「誇りを持て」と言うとき、何に対して持てと言っているのでしょうか。この語は、持つ人だけでは完結しません。必ず何かに懸けられている。家名に懸ける、職業に懸ける、名に懸ける。つまりこの語は感情の名前であると同時に、その感情が向かう先の指定を要求する語です。そして向かう先は、時代とともに移動してきました。
「この感情を抱く」とき、対象は自分の腕、子どもの仕事、町の歴史へ伸縮します。どこへ価値を預けたかを文の形で示せるため、帰属先の変化を追う手掛かりになります。この可変性が、制度ごとの帰属の差を鮮明に映します。
近世までの用例を眺めると、懸ける先の多くは家や身分でした。名を汚す、家名に傷がつく、といった言い方が示すとおり、守られているのは個人の内面ではなく所属の格です。明治以降、身分制の解体と学校制度・徴兵・職業の制度化が進むと、この帰属先が動きます。立身出世という語が広く使われたことが示すのは、上がることが可能になったという事実で、上がれるようになった途端、いま居る場所は与えられた場所ではなく選んだ場所になる。選んだものにしか誇りは懸けにくい——そう整理する見方があります。職業に誇りを持つ、という言い方が自然に響くのは、この移動のあとの世界にいるからでしょう。
制度が変わっても古い帰属は消えず、家、地域、学校、職能が重なります。近代化を家から個人への一本道でなく、懸け先が増えた過程として描けます。
もうひとつ、対になる語の側からも見ておきます。ルース・ベネディクトの『菊と刀』が一九四六年に日本を恥の文化として記述して以来、恥と誇りは対で語られてきました。この対比には非対称があります。恥は他者の目を必要とするのに対し、自負は他者がいなくても成り立つ、とよく言われる。ここで引っかかりました。他者が不要なら、なぜ胸を張るという身体の表現が要るのか。胸を張るのは、見られる姿勢です。背筋を伸ばす、顔を上げる——この感情の慣用句は、どれも他人の視線を前提とした形をしている。
恥も他者の眼前だけで生じるとは限りません。規範を内面化すれば、一人でも自分を裁けます。恥を外、誇りを内と二分するより、どの観客を心へ迎えたかが残ります。
そう考えると、それもまた観客を求めている、という結論に傾きます。ただし観客が同時代の生きた人間である必要はない。先にその仕事をしていた人、あとから来る人、あるいはもう亡くなった誰か。制度が長く続くほど、この想像上の観客は増えていきます。老舗、家業、部隊、母校。年季の入った組織ほどこの語が濃く出るのは、観客の名簿が長いからだと考えると腑に落ちます。
組織の名は個人を支え、沈黙も強います。不正を告げる人物が、告発こそ職業への忠実さだと考える時、帰属と服従が分かれます。そこで守る名の意味が問われ直します。
そこから、書く側の作業がひとつ決まります。人物に矜持を持たせたいとき、感情そのものを書いても薄い。決めるべきなのは、帰属先と観客の二つです。何に懸けているのか。誰の目に恥じないために動いているのか。その二つが決まっていれば、誇りという語を一度も出さずに、その人物が何を守っているかは書けます。逆に二つが空白のまま語だけを置くと、読者には態度の大きさしか届きません。
世代交代では、同じ仕事にも別の観客がいます。先代は祖先、後継者は利用者を見る。誰へ顔を上げるかのずれが、制度の変化を映す対立になります。