「傷が浅い」は良い知らせです。「眠りが浅い」は目覚めやすさの記述で、良くも悪くもない。「春浅い」に至っては、季節が始まったばかりの明るさを含んでいる。ここまでは、この形容詞に評価の符号がついていません。ところが同じ語が人の内面や仕事にかかった途端、かなり強い侮蔑になります。考えが浅い、理解が浅い、読みが浅い。物理的な量の記述だったものが、人格の評価に転じる。転じる境目がどこにあるのかを探していくと、日本の近代がひとつの現場として浮かんできます。
深さを価値とする語り方が制度に乗ったのは、大正期の教養主義のあたりだと言われます。旧制高等学校の寮を中心に、読書によって人格を陶冶するという理想が共有されていた。そこで測られたのは知識の量ではなく、内面がどれだけ深まったかという、量では表せないはずの何かでした。深化、深耕、掘り下げる——これらの言い方が知的な営みの標準的な比喩になったのは、この時期の語彙が広く行き渡ったからだと説明されます。
背景には技術の側の変化もあります。出版が大衆化し、安価な全集や新聞が家庭に届くようになると、人は以前より多くの活字を、以前より速く通過できるようになった。そのとき同時に、乱読や速読への警戒が語られるようになります。多く読めるようになった社会でこそ、浅く読むことが名指しできる失敗になる。読める量が限られていた時代には、浅さは非難の対象になりようがありません。批判の語彙は、その批判が可能になる条件と一緒に生まれる。
労働の側にも同じ配置が入り込んでいます。経験が浅い、キャリアが浅い、入って日が浅い。これらは本来ただの経過時間の記述で、三年より一年のほうが短いという以上のことを言っていないはずです。ところが年功で処遇を決める仕組みの下では、経過時間がそのまま能力の推定値として運用される。短さの記述だったものが、信用の不足を表す言い方に変わっていきます。「浅学」のような漢語が謙遜の型として広く使われたのも、深浅の物差しが人の値打ちを測るものとして共有されていたからでしょう。
ただ、これを近代の発明と言い切るのはためらわれます。深さを価値とする語り自体は、それよりずっと古くからある。仏教の語彙には深い縁や奥義といった言い方が定着していますし、和歌の世界でも心の深さは評価の軸でした。だから近代がしたのは発明ではなく、制度化のほうです。学校という選別装置が、深さを測定可能な資質のように扱い始めた。誰かの理解を浅いと呼ぶことが、成績や序列と結びついた。符号が強くなったのは、語の意味が変わったからではなく、語が置かれた社会的な位置が変わったからでしょう。
そう考えると、小説の中でこの語を使う人物の扱い方が決まってきます。誰かが他人を評して浅いと言うとき、露出するのは評された側ではありません。話者が、深さを人間の価値尺度として採用している人物であること、そしてその尺度をどこで身につけたかが露出する。教師や年長者に言わせれば教養主義の残響が聞こえ、同世代に言わせれば序列を持ち込む癖が見える。だから、この一語を使わせる前に決めておくべきなのは、その人物が誰の目盛りで測っているのかです。