腕を組む

【うでをくむ】動詞句

使い分けの視点

「腕を組む」には、自分の両腕を胸で交差する姿勢と、隣の相手と片腕ずつ絡める動作があります。「考え込む」「沈思」は単独の静止へ、「肘で挟む」「肘を組み合わせる」は身体配置へ寄ります。所有者と相手を明示し、動作の後に残る姿勢の長さを描きます。

同義語

同品詞の類義語

考え込む
黙考する文芸的
熟考する文芸的

類義句

同品詞の慣用的言い換え

肘で挟む
手を胸に当てる文芸的
肘を組み合わせる

直喩変換

「Xのような」「Xみたいに」形式の直喩

石像のような文芸的
塔のように文芸的
鎧を纏うような文芸的

副詞的言い換え

情態副詞・形容詞の副詞的変換

黙って
難しい顔でcolloquial
深刻そうに

体言的言い換え

用言を体言に変換

沈思文芸的
熟慮文芸的

婉曲・強調変換

ニュアンスの増減(婉曲化・強調化)

顎に手を当てる
首を傾ける
思案する文芸的

関連語を探す

語釈エッセイと合わせて読む表現

下の語釈エッセイの論点とつながる言い換え・関連表現です。

二人分の腕エッセイ関連

例文: 坂道で二人分の腕が絡み、老姉妹は同じ歩幅で下った。

同じ言い方に二つの項構造が同居している

胸の前で自分の両腕を交差させる動作と、隣に立つ人の肘に自分の肘を通す動作は、身体の使い方としてまったく別のものです。にもかかわらず、日本語ではどちらも同じ言い方をされる。「二人は腕を組んで立っていた」という一文は、並んで寄り添っているのか、それぞれが黙って考え込んでいるのか、これだけでは決まりません。曖昧さの原因は語彙にはなく、この動詞が二つの項構造を抱え込んでいることのほうにあります。辞書で語義を分けても解消しないのは、区別が意味の側ではなく構文の側にあるからです。

この動詞は、相互的な用法を持ちます。誰かと組む、誰それと誰それが組む、という形で、参加者を二人要求する。協力関係を指す用法では、この相互性がはっきり出る。ところが胸の前で交差させる用法では、相手を表す項が現れる余地がありません。同じ動詞、同じ目的語で、必要な参加者の数が違うわけです。しかも目的語の指す実体まで変わります。単独の用法では一人の両腕を指し、相互の用法では二人が片腕ずつ差し出したものを指す。同じ「腕を」という形が、数も所有者も別のものを受けている。相互動詞にはこうした振る舞いが珍しくありませんが、目的語の指示対象まで揺れる例はそう多くない。

所有者が書かれない点も、日本語らしい仕組みです。「彼は腕を組んだ」と書いて、誰の腕かを補う必要はありません。身体部位は所有者から切り離せないため、所有を示す語を省ける。「彼はペンを取った」ならペンが誰のものかは未定ですが、腕は必ず主語のものになる。興味深いのは、相互の用法ではこの省略が二人へ分配されることです。「彼女と腕を組んだ」では、目的語は両者の腕を合わせて指しており、所有者の解釈が主語の外へはみ出している。省略の規則そのものが、構文によって働き方を変えている。ついでに言えば、ここでの「を」は他動性が弱い。対象を変化させる助詞というより、身体の配置を述べるための形式的な枠に近く、だからこそ動作全体がひとつの慣用句として固まりやすい。

受身をつくってみると、非対称がさらに見えます。相互の用法なら「腕を組まれた」は成立し、相手から一方的に組まれた状況を指せる。単独の用法には、これに当たる受身がありません。動作を仕掛ける側と仕掛けられる側が同一人物であるため、視点を移す先が存在しないからです。加えて、テ形にしたときの読みも独特で、「腕を組んでいる」は動作の進行ではなく、済んだ動作の結果として続いている姿勢を指します。走っているが進行を表すのとは、ここが違う。付帯状況の「腕を組んで見ていた」に傍観の含みが出るのも、動作ではなく静止した姿勢が主節に添えられるためでしょう。

この結果状態という性質が、描写での使われ方を決めています。動作そのものは一瞬で終わり、残るのは持続する姿勢だけ。だから沈黙や停滞と相性がよく、場面の速度を落とす道具として働きます。過去形で「組んだ」と書けば動作が前景に出て、次に何かが起きる合図になる。「組んでいた」と書けば時間が止まり、その人物は行為する側から観察される側へ移る。同じ身振りでありながら、時制の選択だけで、場面が進むか止まるかが切り替わってしまう。

文: hakadoru.ai 編集部

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